ウマイヤ・モスク

ウマイヤ・モスク：歴史と信仰が交差するダマスクスの聖地

ウマイヤ・モスクは、シリアの首都ダマスクス旧市街に位置する、世界最古級のイスラム教礼拝所です。単なるモスクではなく、悠久の歴史と深い信仰が層を成す、ダマスクスを代表する象徴的な建造物と言えるでしょう。その歴史は古代にまで遡り、数々の文明や宗教の痕跡を今に伝えています。

古代からの聖地：雷神ハダドからユピテルへ

ウマイヤ・モスクが建つ地は、鉄器時代から聖地として崇められていた可能性があります。アラム人の都市国家連合の首都であったダマスクスでは、雷雨の神ハダドを祀る壮大な神殿が存在しました。紀元前2世紀、セレウコス朝アンティオコス4世はハダドをゼウスと習合させ、神殿を拡張。続くローマ時代には、ユピテル神殿としてさらに拡張改修が繰り返され、シリア属州最大の神殿となりました。ローマ帝国における皇帝崇拝の中心地でもありましたが、4世紀末にはローマ皇帝テオドシウス1世によってキリスト教のカテドラルに転換されました。

キリスト教教会からイスラム教モスクへ

634年、ムスリムによるダマスクス征服後、このカテドラルはモスクに改装されました。6世紀頃には、洗礼者ヨハネの首がここに埋まっているという伝説があり、教会はヨハネに奉献されていました。モスク建設中、実際にヨハネの首が発見されたと伝えられています。この伝説は、モスクの聖なる雰囲気を一層高めています。ウマイヤ朝カリフ、ワリード1世（在位705-715年）は、大規模な改築を行い、現在のモスクの基礎を築きました。莫大な費用と多数の労働者によって完成したモスクは、金曜礼拝の中心地として、ダマスクスの街の中心に位置づけられました。

幾多の変遷：王朝興亡とモスクの修復

アッバース朝の台頭により政治の中心がバグダードに移った後も、ウマイヤ・モスクはイスラム教の勝利の象徴として存続しました。しかし、ウマイヤ朝に関連する碑文などは除去・改変されました。アッバース朝、ファーティマ朝、セルジューク朝、アイユーブ朝など、各王朝はモスクの改修や増築を行い、その都度、建築様式や装飾に変化が生じています。十字軍の侵略時代には、ムスリムの抵抗の中心となり、サラーフッディーン・アイユービーの霊廟もモスク内にあります。マムルーク朝時代には、著名なウラマー、イブン・タイミーヤがここでクルアーンの解釈を講義し、モンゴル軍の侵攻に対する抵抗を呼びかけました。オスマン朝時代には、ワクフ制度による管理が行われ、モスクはダマスクス社会の中心的存在であり続けました。

近現代：内戦と修復

20世紀には数度の火災や大規模な修復工事が行われ、モスクの構造や装飾は幾度となく変化してきました。1980～90年代には、アサド政権下で改修が行われましたが、ユネスコから批判を受けました。2011年のシリア内戦においても、ウマイヤ・モスクは民主化デモの舞台となりましたが、政府軍によって鎮圧されました。現在も、モスクはシリアにおいて重要な象徴的意味合いを持ち続けています。

建築様式と装飾

ウマイヤ・モスクは、156メートル×97メートルの長方形の敷地に、ハラム（礼拝空間）とサフン（中庭）からなる構成です。明確なファサードを持たない点が特徴で、内部空間の華麗さが際立ちます。中庭は広大で、周囲をアーケードが囲み、礼拝空間はメッカの方角（キブラ）に面した構造です。複数のミフラーブ（キブラを示す壁龕）やミンバル（説教壇）があり、特に「サハーバのミフラーブ」はイスラム教の歴史においても古いとされています。ハラムの天井には大きなクッバ（ドーム）があり、「鷲のクッバ」と呼ばれています。また、3基のミナレット（尖塔）を持ち、それぞれに歴史的な背景があります。

モスク全体は、大理石の台座とモザイク装飾で美しく飾られています。「バラダー川のパネル」と呼ばれる大規模なモザイク壁画は、ウマイヤ・モスクの代表作です。ビザンティン様式の影響が見られる一方、イスラム教の偶像禁止を反映して、人物像は描かれていません。

ウマイヤ・モスクの文化的影響

ウマイヤ・モスクは、初期イスラム教モスク建築の代表例として、世界中のモスク建築に大きな影響を与えました。その空間構成や装飾は、後世のモスク建築のモデルとなり、カイロのアズハル・モスクやコルドバの大モスクなど、数多くのモスクにその影響が見られます。歴史、宗教、建築、芸術が融合したウマイヤ・モスクは、今後もダマスクス、そして世界の歴史と文化を語る上で重要な存在であり続けるでしょう。

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