イジュティハード

イジュティハード（Ijtihad）とは

イジュティハード（アラビア語：اجتهاد, ijtihād）とは、イスラーム法における法律用語の一つです。クルアーン（コーラン）、シャリーア（イスラム法）、スンナ（預言者ムハンマドの言行）といった法源を解釈し、具体的な法的決定を行う際に、確立された先例や法学派の伝統的見解に依拠せず、独自の解釈理論を用いて法的判断を下すことを指します。

イジュティハードを行う者をムジュタヒド（مجتهد, mujtahid）と呼び、イスラーム法学者（ウラマー）がその役割を担うのが一般的です。

語源とタクリード

イジュティハードの語源は、アラビア語の動詞「ジャハダ」（jahada、「努力する」の意味）です。イジュティハードは、ジャハダの語根（j-h-d）から派生した言葉で、第八形（強調を伴う再帰形）の動詞「イジュタヒド」（自分自身で奮闘する）に由来します。字句通りの意味は「自分自身で格闘すること」となります。

ムジュタヒドは、ジャハダの第八形に人を表す接頭辞「م (m)」を加えた名詞です。

「努力」を意味するジハードも同語源です。イジュティハードの反対、つまり先例を踏襲して決定を行うことは、アラビア語で「模倣」を意味するタクリード(taqlīd)と呼ばれます。

スンナ派におけるイジュティハード

ハナフィー法学派の視点：イジュティハードの門は閉じられた？

イスラーム草創期には、イジュティハードは法の実践として広く用いられ、カラーム（イスラーム思弁神学）の哲学に基づいて宗教の区別なく行われました。しかし、徐々にいくつかの理由から実践されなくなりました。

ガザーリーは、「イジュティハードの門は閉じられた」という論理を唱えたことで知られています。この論理は10世紀に端を発し、主なハディースの収集が完了した頃に提唱されました。その内容は、「今後は確立された法体系とその解釈の伝統を守るべきで、新たな法解釈は認められない」というものです。

ハンバル法学派の視点：イジュティハードの門は閉じられていない！

ガザーリーの論理に反対したのが、ハンバル法学派のイブン・タイミーヤです。彼は、シャリーア（イスラム法）の重要性を強調し、クルアーンとスンナの強調だけでは現実的な問題に対処できないと考えました。そのため、シャリーアが現実的な機能を果たすためには、クルアーンとスンナに示された法的原則を解釈し、応用する必要があると説きました。

イブン・タイミーヤは、ウラマーの重要な任務として、法源としてのクルアーンとスンナを絶対的に優先し、それらに基づいたイジュティハードのみを有効としました。個人の勝手な判断は認めませんでした。彼の論理は、18世紀のワッハーブ派の運動に大きな影響を与えました。

シーア派におけるイジュティハード

十二イマーム派では、ウラマーによるイジュティハードを正当化するために、以下のような論理が用いられました。アッラーフは全知全能であり、立法権を有し、人類のために法を作り、預言者を通じてその法を伝え、さらにイマームを指名して人類を導くと説きました。しかし、預言者も過去のイマームも神の業を全て語り尽くしておらず、現在のイマームであるムハンマド・アル・マフディーはお隠れになっているとしました。

したがって、ウラマーはアッラーフの法律をクルアーンとハディースから特別な方法で探す義務があり、それがイジュティハードの目的であると結論付けました。この論理により、十二イマーム派はイジュティハードを法発見の過程と位置づけ、法創造であるという批判を避けようとしました。

現代におけるイジュティハード

エジプト

19世紀後半に活躍したイスラーム改革思想家、アフガーニーの思想（パン・イスラーム主義とイスラームの伝統的精神への回帰）を発展させ、現代の法解釈に大きな影響を与えているのが、エジプト出身のウラマー、ムハンマド・アブドゥフです。

19世紀に入り、西洋文化がイスラーム社会に流入する中で、イスラーム成立時には存在しなかった事象に対する法的判断が必要となりました。アブドゥフは、新たな事象を安易に否定するのではなく、既存の法源に基づきつつも、法学者が自ら判断して柔軟な法解釈を行うことで、西洋文化をイスラームに調和した形で受け入れることができるとしました。この自己判断による柔軟な法解釈、すなわちイジュティハードこそが、イスラーム成立当時の精神に立ち返るために必要な行動であるとしました。

このような柔軟な法解釈による原点回帰の視点は、ムスリム同胞団にも影響を与えました。しかし、同団体の指導者であるティルムサーニーは、イジュティハードを行うには15項目以上の条件を満たす必要があるとし、積極的な行使を必ずしも認めていませんでした。

イラン

シーア派国家であるイランでは、イジュティハードは「ヴェラーヤテ・ファギーフ」（法学者の統治）という法論理に結びついています。ヴェラーヤテ・ファギーフ論は、第12代イマーム隠遁後の指導者不在という問題に直面したシーア派が生み出したもので、ウラマーによる司法権限の代行、宗教税の徴収・配分権の保有から、政治面へと拡大しています。

一定以上のウラマーにイジュティハードが認められ、そのような学者をムジュタヒドと呼びます。ムジュタヒドの中で最高権威を持つ者がマルジャエ・タクリードと呼ばれ、イスラーム法の解釈権を持ちます。解釈権を持たない者はムカッリド（模倣者）とみなされ、ムジュタヒドに従うことが求められます。ただし、タクリード（模倣）はタアッボド（盲従）とは異なり、理性による批判精神を捨てるものではありません。タクリードとは、イスラーム法の専門家の権威を認めることであり、その学説を受け入れるかどうかは信者個人に委ねられるという考え方もあります。

非イスラーム世界

非イスラーム世界に居住するムスリムは、イスラーム法よりもその国の世俗的な法律に従う傾向があります。そのため、イジュティハードは、主に理論的・観念的な運用となります。

保守的なムスリムは、多くのムスリムがイジュティハードに必要な法源の知識を持っておらず、その役割は長年学者に師事してきた者に限られると主張します。しかし、リベラルなイスラームでは、イスラームは聖職者の階層構造を認めないという観点から、すべてのムスリムがイジュティハードを行うことができると主張します。

2004年には、ワシントンでイジュティハードに関する会議が開催されました。

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