インド系南アフリカ人

南アフリカにおけるインド系南アフリカ人は、主に19世紀後半から20世紀初頭にかけて、当時のイギリス領インドから現在の南アフリカ共和国にあたる地域へ渡り住んだ人々、そしてその子孫たちを指します。彼らの大多数はクワズール・ナタール州のダーバンおよびその近郊に居住しており、これはインド国外に形成されたインド系ディアスポラ（印僑）のコミュニティとしては世界最大規模です。

人種的アイデンティティの変遷
彼らの人種的アイデンティティは、南アフリカの歴史の中で複雑な変遷を辿ってきました。20世紀初頭のイギリス植民地時代には、彼らは「黒人」と同様の人種として扱われました。その後、1948年から1994年まで続いたアパルトヘイト体制下では、当初人口登録法において「カラード」に分類されたものの、法改正により「アジア人」という独立したカテゴリーに区分されることになります。さらに、第二次世界大戦後にナチズムの影響が残る一部のアフリカーナー保守派が「インド人はアーリア人である」と唱えたこと、白人系住民と同じく英語を主要言語としたこと、そして人口比率が白人やカラードに比べて少数であったことなどが影響し、インド系住民は事実上、カラードよりも優遇される中間支配層として扱われるようになりました。これは、民族主義的な思想を持つ一部の人々にとっては、一括りに「非白人」とされていた自身の民族性が一定程度尊重されるようになったと捉えられました。これに触発され、多くのインド系住民が「インド系南アフリカ人」としての自己認識を深めていくことになります。

この「インド系」としてのアイデンティティは、異なる背景を持つ人々が差別に一貫して直面した結果として、インドにルーツを持つ者同士の団結を訴える政治的な運動と、民族間の地理的・文化的隔絶を厳密に制度化したアパルトヘイト政府が民族ごとのアイデンティティ確立を奨励したことによって、より強固なものとなりました。人口登録法は1991年に廃止されましたが、「白人」「アジア人（主にインド系住民）」「カラード」「黒人」の四つのグループは、依然として強い人種的アイデンティティを保持し、自己や他者をこれらのいずれかに分類する傾向が見られます。一方で、1961年以降、正式に南アフリカ国民として認められているにも関わらず、他の人種グループから「外国人」として扱われる場面も少なくなく、南アフリカ国民としての地位の正当性をさらに主張していく必要性が指摘されています。

歴史的背景
前史
インド人の貿易商は、1652年にオランダ東インド会社がケープ植民地を設立する以前から、数世紀にわたり南アフリカ東海岸で活動していたと考えられています。ケープ植民地に連れてこられたインド人奴隷の多くは、かつて考えられていた奴隷市場での購入ではなく、誘拐の被害者であったことが近年の研究で明らかになっています。白人であるアフリカーナーの中にも、インド人奴隷の祖先を持つ者が少なくないと推測されています。例えば、アパルトヘイト撤廃に貢献したF・W・デクラーク元大統領は、自身の自伝で「ベンガルのダイアナ」と呼ばれるインド人女性奴隷を祖先の一人として挙げています。また、インド系南アフリカ人とされる人々の中にも、特にキリスト教徒やイスラム教徒には、白人やマレー人など、同じ信仰を持つ異民族の血が混じっていることが、現在では通説となっています。インド人奴隷は本名ではなく便宜的なクリスチャン名をつけられることが多く、これはモザンビークなどから連行された奴隷と同様で、彼らのインド人としてのアイデンティティ喪失に大きく影響しました。解放されたインド人奴隷は、イスラム教徒はケープマレー、それ以外はケープカラードのコミュニティにそれぞれ同化し、いずれもアフリカーンス語を第一言語とするようになりました。

イギリス領インド帝国からの流入
1850年代、当時イギリス領だったナタール植民地がサトウキビ栽培に適していることが判明し、白人入植者によるプランテーション開発が進められました。しかし、現地のズールー人たちは自給自足や伝統的な生活様式を重視したため、農場労働への関心は低く、深刻な労働力不足が生じました。この問題に対処するため、植民地当局は同じイギリス領だったインドから年季奉公の労働者を募集することを決定します。1860年、最初の342名のインド人労働者がチェンナイやコルカタからダーバン港に到着し、サトウキビ農園で働くことになりました。

当初、年季契約労働者たちは不衛生な環境と虐待に苦しみ、契約満了後に多くがインドへ帰国しました。帰国者からの告発を受け、インド帝国当局は新たな募集の前に保障措置を講じるよう要求しました。当初、植民地当局はインド人がナタールに永住することを想定していませんでしたが、農園主たちの強い要望もあり、1911年までに15万人以上の年季契約労働者とその家族が受け入れられました。最終的に契約を終えたインド人の半数近くがナタールに留まり続けた結果、1904年には同地のインド系人口が白人を上回るに至ります。ナタールに定着したインド系住民は、工場や鉄道事業などで不可欠な労働力となり、園芸農業や漁業にも多く従事し、白人向け野菜の大部分を栽培するほどになりました。郵便局員や法廷通訳人になる者も少数ながら存在しました。

1870年代からは、グジャラート州出身の富裕なムスリムを中心に、新天地での商機を求める人々が年季契約労働者とは異なる形で渡航を開始します。彼らはイギリス臣民たる「旅客インド人」として、1910年の南アフリカ連邦成立までに約3～4万人が自費でナタール植民地へ渡りました。彼らムスリム商人は、定住した土地でイスラム教の確立に重要な役割を果たしました。その服装やイスラム教徒が多かったことから、彼らは「アラブ商人」とも呼ばれるようになりました。ダーバンを拠点としていた一部の「旅客インド人」は、1880年代初頭から金やダイヤモンド採掘で活況を呈していたトランスヴァール共和国やケープ植民地にも移動し、各地にインド系コミュニティを築きました。ナタールに残ったインド系商人たちは、1885年までに40を超える商店を構え、同胞や先住民を顧客として成功を収めましたが、白人同業者の反感を買い、1890年代には商売活動を制限する法律が制定されるようになります。

南アフリカ連邦建国以前と連邦時代
南アフリカ連邦建国以前、インド系住民は各植民地で異なる状況に置かれていました。ナタールでは居住、商業、参政権を制限する多くの法律と戦う必要がありました。マハトマ・ガンディーは1893年に南アフリカに到着後、自身が経験した差別をきっかけに、翌年にナタール・インド人会議を設立し、組織的な抵抗運動を展開します。しかし、年季契約終了後の滞在者への人頭税、参政権剥奪、入国制限など、差別的な法律が次々と成立しました。トランスヴァール共和国では、アジア人の居住地管理や不動産所有制限、高額な登録料などが課され、英領トランスヴァール植民地政府によっても引き継がれました。鉱山労働も禁じられ、居住区が定められました。ケープ植民地に移住した「旅客インド人」は差別も経験しましたが、ナタールやトランスヴァールに比べれば、比較的自由な居住、商業、参政活動が認められていました。多くのムスリム男性はケープマレーの女性と結婚し、その子孫は後にケープカラードとして分類されます。オレンジ自由国では1891年の法律によりインド系住民の居住が完全に禁止され、この状況はアパルトヘイト時代も続きました。

1910年に南アフリカ連邦が成立した後、ガンディーらは連邦政府との交渉を続け、1914年の「インド人救済法」成立により、人頭税などの差別的規定の一部が廃止され、ガンディーはインドへ帰国しました。しかし、連邦政府はインドへの帰国希望者を募るものの応募は少なく、1940年代にはインド系住民と白人との間で再び緊張が高まりました。

アパルトヘイト施政下
アパルトヘイト体制が強化される中、1949年にはダーバンでズールー人によるインド系住民を標的とした暴動が発生し、多数の犠牲者が出ました。1946年の法律によりインド系住民は人種隔離の対象となり、1950年の集団地域法などのアパルトヘイト諸法により、政府指定の居住区への強制移住や移動制限が課されました。特にオレンジ自由州への居住は許可されず、立ち入りには特別な許可が必要でした。教育面でも、カラードと同様に、白人よりも質の低い教育しか受けられませんでした。アパルトヘイト時代のインド系住民は、かつての年季奉公労働者の末裔であることから「苦力」という蔑称で呼ばれることもあり、その名残は現代にも見られます。1961年、南アフリカ政府はインド系住民に永住権を与え、正式な国民として認め、インド系住民問題省を設置しましたが、大臣は白人でした。教育機会改善のため、1961年にダーバン沖の島に大学が開設され、1972年には政府出資の本格的な高等教育機関であるダーバン・ウエストビル大学（現クワズール・ナタール大学の一部）が設立されました。1968年にはインド系代表評議会が設立され政府との橋渡し役を務めましたが、多くのインド系住民からの関心は低く、選挙投票率は低いままでした。1983年の新憲法では、カラードとインド系住民に限定的な参政権が付与され人種別三院制議会が設けられましたが、これも当事者からの支持は得られず、国際社会からの圧力もあり1990年から段階的に廃止されました。

アパルトヘイト以降
多くのアパルトヘイト下のインド系南アフリカ人は、反アパルトヘイト闘争に積極的に関わり、その一部は体制撤廃後の与党アフリカ民族会議（ANC）の主要幹部となるなど、支配層に加わりました。アパルトヘイト撤廃前は中間支配層としてカラードより優遇されていた立場でしたが、アパルトヘイト以降のアファーマティブ・アクションである黒人経済力強化政策（BBBEE）の対象として扱われることになります。これにより、1990年代初頭には8%程度だったインド系住民の貧困率は、2000年には5%を下回るまでに低下しました。アパルトヘイト撤廃後は、インド、パキスタン、バングラデシュなどからの新たな移民も流入しています。彼らの多くは伝統的なインド系居住区に住んでいますが、既存のコミュニティとは異なる存在として見られることもあります。特に、1993年にインドから移住したグプタ家は、ジェイコブ・ズマ大統領（当時）の在任中に政治・経済両面で強い影響力を持つに至りました。

南アフリカのインド系コミュニティは、歴史的な逆境と差別を乗り越え、多様な文化遺産を保ちつつ、現代社会において政治、経済、文化など多岐にわたる分野で貢献しています。彼らのアイデンティティは、インドからの起源と南アフリカでの経験が複雑に絡み合った独特なものです。このコミュニティは、南アフリカという「虹の国」における多様性を象徴する重要な一部を担っています。

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