ウラジーミル・ナボコフ (政治家)

ウラジーミル・ドミトリエヴィチ・ナボコフ：自由主義の旗手、そして革命の証人

ウラジーミル・ドミトリエヴィチ・ナボコフ (1870-1922) は、20世紀初頭のロシアを揺るがした革命期において、自由主義勢力の代表的な政治家として活躍した人物です。著名な作家ウラジーミル・ナボコフの父としても知られており、息子の創作活動にも大きな影響を与えました。彼の生涯は、法学者としての研鑽、立憲民主党における政治活動、そしてロシア革命後の亡命生活と、激動の時代を生き抜いた一人の知性派の物語です。

法学者から政治家へ

1870年、ロシア帝国の貴族の子として生まれたナボコフは、ペテルブルク大学法学部を卒業後、刑法学者として帝立法学校で教鞭を執りました。しかし、彼の関心は学問にとどまらず、自由主義的な政治思想に基づいた社会改革への強い意志を持っていました。

反体制運動への関与を経て、ナボコフは立憲民主党（カデット）の中心人物となり、1906年には第一国会（ドゥーマ）議員に当選。議会で帝政政府を厳しく批判し、立憲制の実現を目指して活動しました。彼は、ロシア二月革命においてはミハイル大公の帝位放棄宣言を起草したことで知られ、第一次臨時政府の官房長として重要な役割を果たしました。

ナボコフは、単なる政治家ではありませんでした。彼は、数々の論文や記事を通して、司法制度改革や人権擁護を訴えました。特に、未成年者の性犯罪保護や同性愛者への差別撤廃を主張するなど、進歩的な思想を積極的に発信しました。また、ユダヤ人虐殺に対する強い非難を表明するなど、人道的な立場を貫きました。

革命と亡命

十月革命後、ナボコフはクリミアへと逃れ、地方政府の司法大臣に就任。司法制度の改革に取り組みますが、ボリシェヴィキの侵攻によりクリミア政府が崩壊すると、家族と共にコンスタンティノープルを経て、ヨーロッパへと亡命します。

亡命先では、ロシア語新聞『舵』を創刊し、ジャーナリストとして活動しました。彼は、ミリュコーフなどの旧友と共に、ロシアの復興を目指して奔走しました。しかし、1922年、ミリュコーフを暗殺者から庇った際に、自身も射殺されて命を落としました。

自由主義者の信念

ナボコフは、西欧型の自由主義者として知られ、自由、民主主義、社会正義を信奉しました。イギリス文化への深い造詣を持つ一方で、愛国者としての強いロシアへの思いも持ち合わせていました。彼の回想録『臨時政府』は、ロシア革命史の重要な史料として現在も高く評価されています。

父としてのナボコフ

作家ウラジーミル・ナボコフは、父であるドミトリエヴィチを生涯にわたり敬愛し、その影響を強く受けていました。少年時代から父の蔵書を通して英仏文学に触れ、文学への道を歩むことになります。作家ナボコフの小説『賜物』には、ドミトリエヴィチをモデルにした人物が登場し、父子関係が描かれています。

歴史における位置づけ

レフ・トロツキーは、ナボコフを「自由主義派のもっとも有名な指導者のひとり」として評価しつつも、その貴族階級的な立場や政治的限界を指摘しています。しかし、ナボコフの生涯と活動は、ロシア革命期の自由主義勢力の存在と役割、そして激動の時代を生きた一人の人間のドラマを私たちに伝えています。彼の功績と思想は、現代においても、自由と民主主義の価値を再確認する上で重要な示唆を与えてくれます。

参考文献

池田嘉郎、『ロシア革命 破局の8か月』（岩波新書）
鈴木肇、『不滅の敗者ミリュコフ ロシア革命神話を砕く』（恵雅堂出版）
田中陽兒・倉持俊一・和田春樹 編、『世界歴史大系 ロシア史 3 20世紀』（山川出版社）
レフ・トロツキー 著・藤井一行 訳、『ロシア革命史』（岩波書店）
新美治一、『全ロシア憲法制定会議論』（法律文化社）
富士川義之、『ナボコフ万華鏡』（芳賀書店）
* ブライアン・ボイド 著・諫早勇一 訳、『ナボコフ伝 ロシア時代』（みすず書房）

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