ウルサリ:熊使いを生業とするロマの歴史と文化
ウルサリ(Ursari)は、
ロマ(ジプシー)の中でも、伝統的に
動物の
調教を生業とする
放浪民を指します。主に熊を使って
大道芸を披露していたことから、「
熊使い」と訳されることが多いです。
ルーマニア語で「熊」を意味する「urs」に由来し、「リチナラ(Richinara)」と呼ばれることもあります。
起源と分布
ウルサリは、元々
ヒグマやオナガザル、蛇などを用いて
大道芸を行っていました。同族婚を繰り返しながら、各地を
放浪していましたが、
1850年代以降、その大部分が定住するようになりました。現在では、
ルーマニア、
ブルガリア、
モルドバといった東欧地域を中心に居住しており、
セルビア、
オランダ、
イタリアなど
西欧諸国にも居住者が存在します。
ルーマニアでは、40
部族の1つとして認知されるなど、
ロマ共同体において重要な役割を果たしています。
バルカン・
ロマ語の一
方言も「ウルサリ」と呼ばれていますが、
民族的にウルサリに属する人々の多くは、ボヤーシュ(
ハンガリー系
ロマ)と同様に、
ルーマニア語を
母語としています。
ロマのうち、シンティに属するかどうかについては、学術的な見解の一致が見られていません。
歴史
初期の移動と隷属
熊使いの集団は、
12世紀にはビザンティン帝国内を移動していたことが知られています。当時の
教会法学者は、彼らを
ロマと関連のある集団として記述していました。その後、彼らは他の
ロマ集団とひとまとめに「エジプト人」と呼ばれるようになりました。
1840年代から
1850年代にかけて
奴隷制が廃止されるまで、ウルサリはドナウ公国(
モルダヴィアと
ワラキア)において
奴隷として扱われていました。しかし、ボヤーシュやカルデラシュなどと同様に、
放浪生活は許されていました(ただし、
君主への料
金支払いが必要でした)。こうした
奴隷は「ライエシ」と呼ばれ、
19世紀前半までには、国家所有の
ロマの殆どがライエシとなりました。
解放とその後
1855年に
モルダヴィアで
奴隷制が廃止された後も、ウルサリは
大道芸や見本市との関連が深い存在でした。
19世紀末には、
ベッサラビアでも存在が確認されるようになり、現地住民からは「シャトラシ」(
キャンプ場に住む人々)と呼ばれるようになりました。
1850年以降、オーストリア・
ハンガリー地域や
ボスニア出身と見られる集団が西進し、
オランダ各地にも姿を現しました。
オランダ政府は
ロマの存在に反発しましたが、ウルサリだけは現地社会への同化が許されたと言われています。
第二次世界大戦中、ウルサリは
ホロコーストの犠牲となりました。
イオン・アントネスク政権下で、トランスニストリアへ国外追放となったのです。戦後、
熊使いは
東側諸国で禁止され、
ルーマニア社会主義共和国では都市への立ち入りを禁じられました。ゲオルゲ・ゲオルギュ=デジ政権および
ニコラエ・チャウシェスク政権下では、
放浪民の
ロマは定住
政策に従うこととなりました。
ルーマニア革命後の
1991年には、ウルサリが襲撃の対象となり、家を焼かれるなどの被害を受けました。評論家は、この背景には、
社会主義体制期にウルサリが特権階級であったという認識や、定住
政策の失敗があると考えています。
襲撃後、ウルサリは一旦
ブカレストやジュルジュに定住しましたが、再び地元住民によって追い出されてしまいます。
2005年までに、ウルサリはかつて居住していた国有地に対する権利書の発行を求めましたが、地方当局は訴えを却下しました。
現在でも、東欧各地でウルサリによる
熊使いを見る機会はありますが、その数は減少しつつあります。
文化
アイデンティティ
ウルサリは、カルデラシュやロヴァリなどと同様に、同族婚を行う傾向があります。自らを
ヴラフ人や
ルーマニア人と捉え、他の
ロマとは別だと考える人も少なくありません。ウルサリの
共同体は、非
ロマとの性的接触を禁じ、
見合い結婚を推奨する傾向がありますが、ボヤーシュの
共同体内部での
近親婚を認めてきました。また、10代での
結婚が許されている数少ない
ロマでもあります。
宗教的には、
正教会(
ルーマニア正教会または
ブルガリア正教会)に属する人が多いですが、
プロテスタント各派を信仰する人もいます。
セルビアや
イタリアのウルサリは、
セルビア正教会の信徒であるケースが多いです。
ウルサリと熊
ウルサリは、熊に纏わる様々な信仰や習慣を維持発展させてきました。例えば、
家畜を野良
動物から守るために、民家の中庭に熊を展示したり、若者の多産や悪霊退散を目的に、熊が人間の背中を踏み付けることを許したりします。後者の習慣は、背部痛の
民間療法として
ルーマニア人に人気があり、ウルサリを家に招き入れることが
復活祭や
クリスマスの風物詩となっています。
1850年代以降、ラウタリ文化の形成に寄与してきた一方、伝統
音楽もジャンルとして生き残っています。
21世紀初頭には、
電子音楽と融合し、
ルーマニアの
音楽グループ、シュカー・コレクティブが人気を集めました。
ウルサリの文化は、彼らのアイデンティティを形成する上で重要な要素となっています。しかし、社会の変化や
動物愛護の観点から、伝統的な生活様式を維持することが難しくなっています。
ウルサリは、
ロマの中でも特異な歴史と文化を持つ集団です。彼らの過去と現在を知ることは、
ロマに対する理解を深める上で重要と言えるでしょう。