エジプト第5王朝
エジプト第5王朝は、紀元前2498年頃から紀元前2345年頃まで続いた、古代エジプト古王国時代の王朝です。第4王朝に比べると規模は縮小されましたが、引き続きピラミッドの建設が行われました。この時代には特に太陽神ラーへの信仰が篤く、ラーを祀る太陽神殿が盛んに建造されました。
マネトの記録によれば、第5王朝はエレファンティネ出身の9人の王からなるとされます。その出身地については不明な点もありますが、マネトが記した王の名前は、他の古代エジプトの王名表や記念碑の記録と照合することが可能です。
第5王朝の初代とされるウセルカフ王は、第4王朝の王ジェドエフラーの娘ネフェルヘテプの息子として誕生しました。彼の父の名は明らかになっていません。また、彼は第4王朝の王メンカウラー（ジェドエフラーの甥にあたる）の娘ケンタカウエス1世を妻に迎え、王位に就いたとされています。このように、ウセルカフは第4王朝の王族と非常に密接な血縁関係を持っていましたが、マネトは彼の即位をもって王朝の交代と見なしており、現代の歴史区分もこれに倣っています。ウセルカフがどのようにして王位を獲得したのか、その具体的な経緯は不明瞭ですが、彼が持っていた第4王朝の王族との婚姻関係が重要な要素であったことは間違いないでしょう。
第2中間期に記された文学作品『魔法使いジェディの物語』（ウェストカー・パピルス）には、魔法使いジェディがクフ王に対し、クフ王の王朝は息子カフラーとメンカウラーの代で終わり、太陽神ラーがラー神官の妻レドジェデトに授けた三つ子、すなわちウセルカフ、サフラー、ネフェリルカラーから始まる新しい王家に王位が移るだろうと予言した話が記されています。この物語を史実として受け止めることは難しいものの、エジプトではマネトの時代より1500年以上も前に、既にウセルカフの即位が王家の交代と見なされていたことがうかがえます。つまり、ウセルカフによる王家交代説は、マネト個人の見解ではなく、古代エジプトにおける伝統的な歴史認識であったことがわかります。
第5王朝では、宗教儀式や行政の中心として、ラーを祀るヘリオポリス（古代エジプト名イウヌ）の重要性が高まりました。また、ウセルカフ以降の王たちは太陽神殿を次々と建設し、太陽神ラーへ熱心な寄進を行ったことが知られています。ラー信仰と第5王朝の結びつきは、『魔法使いジェディの物語』にも示唆されている通り、第4王朝からの権力移行における正統性を確保する目的で推進されたと考えられています。ウセルカフ以降、多くの王が太陽神殿を建立しましたが、これは単にラーの偉大さを讃えるだけでなく、死後に王がラーと一体となるための場でもあったと推定する学者もおり、ラーと王権の一体性を強調することが主要な目的であったと考えられています。
太陽神殿の基本的な構造はピラミッド複合体に類似しており、付属建造物を備え、ピラミッドの代わりに基壇の上に巨大なオベリスクが据えられていました。この基壇とオベリスクの構成は、ヘリオポリスのラー神殿にあったとされる高い砂山とベンベン石という神聖物を模倣したものと考えられています。太陽神殿とピラミッド複合体は経済的に密接に関係しており、ともに王の葬祭を支える重要施設として建設が続けられました。
第5王朝時代も引き続き、ピラミッド建設が活発に行われました。しかし、ジェセル王の階段ピラミッドやギーザの大ピラミッドなど、それ以前のピラミッドに比べて第5王朝のピラミッドは規模が小さくなり、建築も粗雑になった傾向が見られます。そのため、現在では多くが崩壊し、原形をとどめていないものが多いです。一方で、第5王朝はウセルカフ王時代から対外遠征を積極的に行っており、国力の減衰が規模縮小の主因ではないとも考えられています。王の力や統治期間に関わらず、第5王朝から第6王朝にわたり、ピラミッドの規模は一定の規模で維持されました。ピラミッドの小規模化や簡略化は、宗教観や王権観の変化がより重要な要素であった可能性が高いと言えるでしょう。
第5王朝の王のうち、サフラーからネウセルラーまでの4代の王はアブ・シールにピラミッドを築きました。このうち、ネフェルイルカラーが建設したピラミッドは、高さ約70メートル、一辺約110メートルの規模を持ち、ギザの三大ピラミッドの一つであるメンカウラー王のピラミッドよりやや大きい規模です。その他のピラミッドは高さ50メートル、一辺70～80メートル程度の規模でした。しかし、ピラミッド複合体と呼ばれる付属建造物は熱心に建設され、その装飾や管理システムは前代に比べて拡充、精緻化されました。規模や内部構造には粗雑さが見られるものの、表面は高品質の石灰岩で覆われており、完成当時は前代のピラミッドと比べても見劣りしなかったとされています。
神殿を飾る彫刻においては、以前に比べてより空想的・理想的な王の姿を一定の型に基づいて描くことが重視され、王の正統性を示す儀式を行うことがより重視されるようになりました。こうした儀式は、ピラミッド複合体を建設した王の死後も継続されることになっていたため、各ピラミッド複合体には付属するピラミッド都市が建設され、祭礼関係者が居住しました。ピラミッド都市の原型は第4王朝時代に登場しましたが、第5・第6王朝時代には重要な意味を持つようになりました。
ネフェルイルカラーの後の数名の王は短い統治期間で記録も少ないです。ネフェルイルカラーの後を継いだシェプセスカラーは、推定される建造物がいくつか発見されているものの、その実態はほとんど明らかになっていません。一説にはサフラーの息子とされるが、詳細は不明です。シェプセスカラーの次に、ネフェルイルカラーと王妃ケンタカウエス2世の息子だったネフェルエフラーが即位しましたが、彼の治世も短期間であったと考えられています。ネフェルエフラーの墓からは彼のミイラの一部が発見されており、その分析の結果、ネフェルエフラーは20代前半で死去したことが判明しています。
ネフェルエフラーの死後、彼の弟であるニウセルラーが王位を継ぎました。マネトはニウセルラーが44年間にわたり統治したと記録しているものの、それを裏付ける証拠は乏しいです。次のメンカウホルについても同様に記録が少ないです。メンカウホルの次のジェドカラー王についても同様ですが、ジェドカラーの名はネフェルイルカラー王の葬祭殿跡で発見されたパピルス文書の断片に登場しています。これはかつて、最も古い既知のパピルス文書の一つとされていました。また、ジェドカラーに仕えた宰相プタハヘテプは、第3王朝時代のイムヘテプなどと並ぶ賢人として名を馳せた人物でした。注目すべき変化としては、ジェドカラー王は太陽神殿を建設しなかった点です。
彼の後を継ぎ、最後の王となるウナスも太陽神殿を建設しませんでした。これは、エジプト第5王朝における信仰の変化があったことが推測されます。マネトらの記録によってウナスには長期にわたる統治が記録されているものの、その詳細は明らかではありません。特筆すべきは、ウナス王のピラミッドに「ピラミッド・テキスト」が初めて登場したことです。従来、ピラミッドの内部には何も記されていなかったのですが、ウナス王の時代になって初めて、王の葬儀の際に唱えられた呪文などが記されるようになりました。この文書からは、当時のエジプト人の死生観や宗教観がうかがえます。おそらく、ウナス王のピラミッド・テキストの内容は、それまでパピルスか口伝で伝えられてきた、より古い文書形式に基づいているとみられています。そのため、宗教史的、また政治史的に重要な史料となっています。ウナス王は後継者に恵まれなかったようで、死後、後継者問題が発生しました。
紀元前2345年頃、ウナス王の娘とされるイプト1世を妻としたテティ1世が王座を獲得しました。これをもって、エジプト第5王朝は終わり、第6王朝へと移行したとされています。
第5王朝は、巨大ピラミッド時代の終焉を迎えつつも、太陽神信仰を王権の中心に据え、ピラミッド複合体や太陽神殿の建設、そしてピラミッド・テキストという新たな葬祭文書の出現を通じて、古代エジプトの宗教と王権のあり方に重要な変化をもたらした時代と言えるでしょう。
王朝の始まりと血統
マネトの記録によれば、第5王朝はエレファンティネ出身の9人の王からなるとされます。その出身地については不明な点もありますが、マネトが記した王の名前は、他の古代エジプトの王名表や記念碑の記録と照合することが可能です。
第5王朝の初代とされるウセルカフ王は、第4王朝の王ジェドエフラーの娘ネフェルヘテプの息子として誕生しました。彼の父の名は明らかになっていません。また、彼は第4王朝の王メンカウラー（ジェドエフラーの甥にあたる）の娘ケンタカウエス1世を妻に迎え、王位に就いたとされています。このように、ウセルカフは第4王朝の王族と非常に密接な血縁関係を持っていましたが、マネトは彼の即位をもって王朝の交代と見なしており、現代の歴史区分もこれに倣っています。ウセルカフがどのようにして王位を獲得したのか、その具体的な経緯は不明瞭ですが、彼が持っていた第4王朝の王族との婚姻関係が重要な要素であったことは間違いないでしょう。
魔法使いジェディの物語と王朝交代観
第2中間期に記された文学作品『魔法使いジェディの物語』（ウェストカー・パピルス）には、魔法使いジェディがクフ王に対し、クフ王の王朝は息子カフラーとメンカウラーの代で終わり、太陽神ラーがラー神官の妻レドジェデトに授けた三つ子、すなわちウセルカフ、サフラー、ネフェリルカラーから始まる新しい王家に王位が移るだろうと予言した話が記されています。この物語を史実として受け止めることは難しいものの、エジプトではマネトの時代より1500年以上も前に、既にウセルカフの即位が王家の交代と見なされていたことがうかがえます。つまり、ウセルカフによる王家交代説は、マネト個人の見解ではなく、古代エジプトにおける伝統的な歴史認識であったことがわかります。
ラー信仰の隆盛と太陽神殿
第5王朝では、宗教儀式や行政の中心として、ラーを祀るヘリオポリス（古代エジプト名イウヌ）の重要性が高まりました。また、ウセルカフ以降の王たちは太陽神殿を次々と建設し、太陽神ラーへ熱心な寄進を行ったことが知られています。ラー信仰と第5王朝の結びつきは、『魔法使いジェディの物語』にも示唆されている通り、第4王朝からの権力移行における正統性を確保する目的で推進されたと考えられています。ウセルカフ以降、多くの王が太陽神殿を建立しましたが、これは単にラーの偉大さを讃えるだけでなく、死後に王がラーと一体となるための場でもあったと推定する学者もおり、ラーと王権の一体性を強調することが主要な目的であったと考えられています。
太陽神殿の基本的な構造はピラミッド複合体に類似しており、付属建造物を備え、ピラミッドの代わりに基壇の上に巨大なオベリスクが据えられていました。この基壇とオベリスクの構成は、ヘリオポリスのラー神殿にあったとされる高い砂山とベンベン石という神聖物を模倣したものと考えられています。太陽神殿とピラミッド複合体は経済的に密接に関係しており、ともに王の葬祭を支える重要施設として建設が続けられました。
ピラミッド建設の変化と発展
第5王朝時代も引き続き、ピラミッド建設が活発に行われました。しかし、ジェセル王の階段ピラミッドやギーザの大ピラミッドなど、それ以前のピラミッドに比べて第5王朝のピラミッドは規模が小さくなり、建築も粗雑になった傾向が見られます。そのため、現在では多くが崩壊し、原形をとどめていないものが多いです。一方で、第5王朝はウセルカフ王時代から対外遠征を積極的に行っており、国力の減衰が規模縮小の主因ではないとも考えられています。王の力や統治期間に関わらず、第5王朝から第6王朝にわたり、ピラミッドの規模は一定の規模で維持されました。ピラミッドの小規模化や簡略化は、宗教観や王権観の変化がより重要な要素であった可能性が高いと言えるでしょう。
第5王朝の王のうち、サフラーからネウセルラーまでの4代の王はアブ・シールにピラミッドを築きました。このうち、ネフェルイルカラーが建設したピラミッドは、高さ約70メートル、一辺約110メートルの規模を持ち、ギザの三大ピラミッドの一つであるメンカウラー王のピラミッドよりやや大きい規模です。その他のピラミッドは高さ50メートル、一辺70～80メートル程度の規模でした。しかし、ピラミッド複合体と呼ばれる付属建造物は熱心に建設され、その装飾や管理システムは前代に比べて拡充、精緻化されました。規模や内部構造には粗雑さが見られるものの、表面は高品質の石灰岩で覆われており、完成当時は前代のピラミッドと比べても見劣りしなかったとされています。
神殿を飾る彫刻においては、以前に比べてより空想的・理想的な王の姿を一定の型に基づいて描くことが重視され、王の正統性を示す儀式を行うことがより重視されるようになりました。こうした儀式は、ピラミッド複合体を建設した王の死後も継続されることになっていたため、各ピラミッド複合体には付属するピラミッド都市が建設され、祭礼関係者が居住しました。ピラミッド都市の原型は第4王朝時代に登場しましたが、第5・第6王朝時代には重要な意味を持つようになりました。
王朝後期の変化と終焉
ネフェルイルカラーの後の数名の王は短い統治期間で記録も少ないです。ネフェルイルカラーの後を継いだシェプセスカラーは、推定される建造物がいくつか発見されているものの、その実態はほとんど明らかになっていません。一説にはサフラーの息子とされるが、詳細は不明です。シェプセスカラーの次に、ネフェルイルカラーと王妃ケンタカウエス2世の息子だったネフェルエフラーが即位しましたが、彼の治世も短期間であったと考えられています。ネフェルエフラーの墓からは彼のミイラの一部が発見されており、その分析の結果、ネフェルエフラーは20代前半で死去したことが判明しています。
ネフェルエフラーの死後、彼の弟であるニウセルラーが王位を継ぎました。マネトはニウセルラーが44年間にわたり統治したと記録しているものの、それを裏付ける証拠は乏しいです。次のメンカウホルについても同様に記録が少ないです。メンカウホルの次のジェドカラー王についても同様ですが、ジェドカラーの名はネフェルイルカラー王の葬祭殿跡で発見されたパピルス文書の断片に登場しています。これはかつて、最も古い既知のパピルス文書の一つとされていました。また、ジェドカラーに仕えた宰相プタハヘテプは、第3王朝時代のイムヘテプなどと並ぶ賢人として名を馳せた人物でした。注目すべき変化としては、ジェドカラー王は太陽神殿を建設しなかった点です。
彼の後を継ぎ、最後の王となるウナスも太陽神殿を建設しませんでした。これは、エジプト第5王朝における信仰の変化があったことが推測されます。マネトらの記録によってウナスには長期にわたる統治が記録されているものの、その詳細は明らかではありません。特筆すべきは、ウナス王のピラミッドに「ピラミッド・テキスト」が初めて登場したことです。従来、ピラミッドの内部には何も記されていなかったのですが、ウナス王の時代になって初めて、王の葬儀の際に唱えられた呪文などが記されるようになりました。この文書からは、当時のエジプト人の死生観や宗教観がうかがえます。おそらく、ウナス王のピラミッド・テキストの内容は、それまでパピルスか口伝で伝えられてきた、より古い文書形式に基づいているとみられています。そのため、宗教史的、また政治史的に重要な史料となっています。ウナス王は後継者に恵まれなかったようで、死後、後継者問題が発生しました。
紀元前2345年頃、ウナス王の娘とされるイプト1世を妻としたテティ1世が王座を獲得しました。これをもって、エジプト第5王朝は終わり、第6王朝へと移行したとされています。
第5王朝は、巨大ピラミッド時代の終焉を迎えつつも、太陽神信仰を王権の中心に据え、ピラミッド複合体や太陽神殿の建設、そしてピラミッド・テキストという新たな葬祭文書の出現を通じて、古代エジプトの宗教と王権のあり方に重要な変化をもたらした時代と言えるでしょう。
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