エリック・カンゼル
エリック・カンゼル（Erich Kunzel, Jr.）は、1935年3月21日に生まれ、2009年9月1日に74歳でこの世を去ったアメリカ合衆国の著名な指揮者です。特に、44年という長きにわたりシンシナティ・ポップス・オーケストラの音楽監督兼指揮者を務め、累計1000万枚を超える膨大な数の録音を売り上げた功績から、「プリンス・オブ・ポップス」（ポップスのプリンス）という親しみを込めた愛称で広く親しまれました。ドイツ系の出自から、日本ではかつて「エーリッヒ・クンツェル」と表記されることもありました。
ニューヨーク州に生まれたカンゼルは、ダートマス大学で化学を専攻しつつも音楽の学位を取得して卒業しました。その後、ハーヴァード大学やブラウン大学でもさらに学びを深めています。指揮者としての第一歩は1957年、サンタフェ・オペラでのペルゴレージのオペラ・ブッファ『奥様女中』でのタクトでした。高名な指揮者ピエール・モントゥーに師事しながら研鑽を積み、1960年から5年間はロードアイランド・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務めました。1965年にはシンシナティ交響楽団の常任指揮者に迎えられ、オペラ指揮者として着実に実績を積んでいきます。
クラシック指揮者として活躍する中、カンゼルはポップス音楽の分野にもその才能を発揮し始めます。1965年、当時のシンシナティ交響楽団音楽監督マックス・ルドルフからの誘いを受け、冬期の定期ポップス・コンサートの指揮を担当したことが、ポップス指揮者としての道を切り開く契機となりました。1970年からは、ボストン・ポップスの伝説的指揮者アーサー・フィードラーに招かれ、同オーケストラに客演を重ねることで、ポップス界における確固たる地位を築き上げました。
1977年、シンシナティ交響楽団から分離・新設されたシンシナティ・ポップス・オーケストラの専任指揮者に就任すると、カンゼルはこのオーケストラを世界的な名声へと導くために尽力します。特に、テラーク・レーベルと密接に協力し、約90枚にものぼる革新的で高品質な録音を数多く制作しました。これらの録音は、そのバラエティ豊かな選曲と優れた音質によって世界各国のクロスオーバー・チャートを席巻しました。カンゼル自身も、1991年から4年連続でビルボード誌の「クラシカル・クロスオーバー・アーティスト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれるなど、ポップス音楽の普及に大きく貢献しています。また、カンゼルに師事した指揮者からは、後続の著名なポップス指揮者が輩出されています。
カンゼルの名前が世界的に知られる決定的なきっかけとなったのは、1978年にテラーク・レーベルからリリースされたチャイコフスキーの祝典序曲『1812年』の録音です。この録音では、楽曲のクライマックスで実際の大砲と教会の鐘を使用し、テラークの先駆的なデジタル録音技術と相まって、その驚異的な迫力が聴衆に衝撃を与えました。このディスクは記録的なセールスを達成し、その後のカンゼルとシンシナティ・ポップスの飛躍的な活躍を決定づける出来事となりました。彼の音楽レパートリーは非常に多岐にわたり、純粋なクラシック音楽から、映画音楽、ブロードウェイ・ミュージカル、ジャズ、ワールドミュージックまで広範に及びます。特に映画音楽には力を入れ、SFやファンタジー、西部劇、ディズニー作品、ジェームズ・ボンド、スピルバーグ映画など、多岐にわたるテーマでアルバムを制作しました。1998年には、シンシナティ・ポップスと録音したコープランド作品集が、グラミー賞のベストエンジニア賞を受賞しています。
カンゼルは米国における国民的な行事にも深く関わりました。合衆国の戦没将兵追悼記念日や独立記念日には、ワシントンD.C.の合衆国議会議事堂前でナショナル交響楽団を指揮するコンサートが1991年から毎年の恒例行事となり、PBSにより全米各地へ放送されていました。アジアでの活動も積極的で、複数回にわたる日本ツアーを行ったほか、1998年にはアメリカ人ポップス指揮者として初めて中国の指揮台に立ちました。2008年の北京オリンピックに際しても、北京オリンピック組織委員会からの招きを受けて、シンシナティ・ポップスと共に公演を行っています。
中国では、カンゼルとシンシナティ・ポップスの録音は、1ドル程度で購入できる海賊盤を通じて広く知られていました。中国公演の際には、多くの人々がサインを求めて海賊盤のCDやジャケットを差し出しましたが、カンゼルはそうした海賊盤にも快くサインに応じたと伝えられています。
長年にわたり成功を共にしたテラーク・レーベルとの関係は、レーベルの買収とその後の事業再編により終焉を迎えます。2005年にコンコード・ミュージック・グループがテラークを買収し、2009年には事業縮小を理由に自社での新しい録音制作を停止すると発表したため、カンゼル＆シンシナティ・ポップスとテラークの約30年にわたる協力関係は幕を閉じることとなりました。カンゼルとテラークの最後の共演アルバム「From the Top at the Pops」が発売されたのは、彼が逝去するわずか1週間前のことでした。
2009年4月、カンゼルは重い病と診断されます。同年8月1日、彼自身が15年前にこけら落とし公演を行ったリヴァーベンド・ミュージック・センターにて、病と闘いながら最後のコンサートに臨みました。そのちょうど1ヶ月後の9月1日、メーン州の病院で、74歳でこの世を去りました。この日、地元シンシナティ・レッズの本拠地であるグレート・アメリカン・ボール・パークで行われたレッズ対ピッツバーグ・パイレーツの試合では、地元ファンだったカンゼルを偲び、試合開始前に黙祷が捧げられました。
経歴
ニューヨーク州に生まれたカンゼルは、ダートマス大学で化学を専攻しつつも音楽の学位を取得して卒業しました。その後、ハーヴァード大学やブラウン大学でもさらに学びを深めています。指揮者としての第一歩は1957年、サンタフェ・オペラでのペルゴレージのオペラ・ブッファ『奥様女中』でのタクトでした。高名な指揮者ピエール・モントゥーに師事しながら研鑽を積み、1960年から5年間はロードアイランド・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務めました。1965年にはシンシナティ交響楽団の常任指揮者に迎えられ、オペラ指揮者として着実に実績を積んでいきます。
クラシック指揮者として活躍する中、カンゼルはポップス音楽の分野にもその才能を発揮し始めます。1965年、当時のシンシナティ交響楽団音楽監督マックス・ルドルフからの誘いを受け、冬期の定期ポップス・コンサートの指揮を担当したことが、ポップス指揮者としての道を切り開く契機となりました。1970年からは、ボストン・ポップスの伝説的指揮者アーサー・フィードラーに招かれ、同オーケストラに客演を重ねることで、ポップス界における確固たる地位を築き上げました。
シンシナティ・ポップスでの成功と録音活動
1977年、シンシナティ交響楽団から分離・新設されたシンシナティ・ポップス・オーケストラの専任指揮者に就任すると、カンゼルはこのオーケストラを世界的な名声へと導くために尽力します。特に、テラーク・レーベルと密接に協力し、約90枚にものぼる革新的で高品質な録音を数多く制作しました。これらの録音は、そのバラエティ豊かな選曲と優れた音質によって世界各国のクロスオーバー・チャートを席巻しました。カンゼル自身も、1991年から4年連続でビルボード誌の「クラシカル・クロスオーバー・アーティスト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれるなど、ポップス音楽の普及に大きく貢献しています。また、カンゼルに師事した指揮者からは、後続の著名なポップス指揮者が輩出されています。
カンゼルの名前が世界的に知られる決定的なきっかけとなったのは、1978年にテラーク・レーベルからリリースされたチャイコフスキーの祝典序曲『1812年』の録音です。この録音では、楽曲のクライマックスで実際の大砲と教会の鐘を使用し、テラークの先駆的なデジタル録音技術と相まって、その驚異的な迫力が聴衆に衝撃を与えました。このディスクは記録的なセールスを達成し、その後のカンゼルとシンシナティ・ポップスの飛躍的な活躍を決定づける出来事となりました。彼の音楽レパートリーは非常に多岐にわたり、純粋なクラシック音楽から、映画音楽、ブロードウェイ・ミュージカル、ジャズ、ワールドミュージックまで広範に及びます。特に映画音楽には力を入れ、SFやファンタジー、西部劇、ディズニー作品、ジェームズ・ボンド、スピルバーグ映画など、多岐にわたるテーマでアルバムを制作しました。1998年には、シンシナティ・ポップスと録音したコープランド作品集が、グラミー賞のベストエンジニア賞を受賞しています。
その他の活動と晩年
カンゼルは米国における国民的な行事にも深く関わりました。合衆国の戦没将兵追悼記念日や独立記念日には、ワシントンD.C.の合衆国議会議事堂前でナショナル交響楽団を指揮するコンサートが1991年から毎年の恒例行事となり、PBSにより全米各地へ放送されていました。アジアでの活動も積極的で、複数回にわたる日本ツアーを行ったほか、1998年にはアメリカ人ポップス指揮者として初めて中国の指揮台に立ちました。2008年の北京オリンピックに際しても、北京オリンピック組織委員会からの招きを受けて、シンシナティ・ポップスと共に公演を行っています。
中国では、カンゼルとシンシナティ・ポップスの録音は、1ドル程度で購入できる海賊盤を通じて広く知られていました。中国公演の際には、多くの人々がサインを求めて海賊盤のCDやジャケットを差し出しましたが、カンゼルはそうした海賊盤にも快くサインに応じたと伝えられています。
長年にわたり成功を共にしたテラーク・レーベルとの関係は、レーベルの買収とその後の事業再編により終焉を迎えます。2005年にコンコード・ミュージック・グループがテラークを買収し、2009年には事業縮小を理由に自社での新しい録音制作を停止すると発表したため、カンゼル＆シンシナティ・ポップスとテラークの約30年にわたる協力関係は幕を閉じることとなりました。カンゼルとテラークの最後の共演アルバム「From the Top at the Pops」が発売されたのは、彼が逝去するわずか1週間前のことでした。
2009年4月、カンゼルは重い病と診断されます。同年8月1日、彼自身が15年前にこけら落とし公演を行ったリヴァーベンド・ミュージック・センターにて、病と闘いながら最後のコンサートに臨みました。そのちょうど1ヶ月後の9月1日、メーン州の病院で、74歳でこの世を去りました。この日、地元シンシナティ・レッズの本拠地であるグレート・アメリカン・ボール・パークで行われたレッズ対ピッツバーグ・パイレーツの試合では、地元ファンだったカンゼルを偲び、試合開始前に黙祷が捧げられました。
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