エルサレム攻囲戦 (1099年)

エルサレム攻囲戦：聖地を巡る激戦と悲劇

1099年6月7日から7月15日にかけて、聖都エルサレムを舞台に繰り広げられたエルサレム攻囲戦は、第1回十字軍のクライマックスとも言える戦いです。この戦いは、十字軍とファーティマ朝軍との間で激しい攻防戦となり、最終的に十字軍が勝利を収め、エルサレムを占領しました。

背景：十字軍の足取り

1098年6月にアンティオキアを陥落させた十字軍でしたが、その後半年以上もアンティオキア周辺に留まっていました。教皇使節アデマールの死後、諸侯間の対立が激化し、次の行動を決めることができませんでした。ボエモンはアンティオキアを、ボードゥアンはエデッサを占領したまま動かず、不満を募らせたトゥールーズ伯レーモンは、貧しい騎士や歩兵たちに突き上げられ、エルサレムへの行軍を再開することを余儀なくされました。

アルカ攻囲戦：エルサレムへの道

1098年末から1099年初めにかけて、レーモンはトリポリを占領しようとしましたが、その前にアルカを攻略することにしました。一方、ゴドフロワとロベールは、レーモンとは別行動で地中海沿岸を南下。アルカで再合流したものの、諸侯間の不和や聖職者間の対立はさらに深刻化しました。ペトルス・バルトロメオが発見したとされる聖槍を巡る騒動は、神明裁判によってペトルスが命を落とすという悲劇を生み、レーモンの権威を失墜させました。アルカの攻囲戦は、諸侯の不仲と住民の抵抗により進展せず、十字軍は包囲を解くこととなりました。

エルサレムへの到達

十字軍は、ファーティマ朝がセルジューク朝との対立から十字軍との和平交渉を模索する中で、エルサレムへ進軍を開始しました。ファーティマ朝は、エルサレムのキリスト教徒市民を追放し、井戸に毒を投入するなど、十字軍への備えを固めていました。十字軍は、海岸沿いを南下し、ベイルートやティールなどの都市で歓待を受けながら進み、1099年6月7日、ついにエルサレムに到達しました。

包囲戦：飢餓と渇きとの戦い

エルサレムに到着した十字軍は、食糧と水の不足に苦しみながらも、攻城戦の準備を開始。しかし、市内の備蓄が進んでいるのに対し、十字軍は郊外の井戸が使えない状況に陥りました。最初の攻撃は失敗し、十字軍兵士や馬が次々と命を落としていきました。その時、ジェノヴァ共和国の船がヤッファ港に入港し、十字軍は一時的に補給を受けることができました。十字軍は、サマリアから攻城塔を組み立てるための木材を調達し、攻囲戦を続けました。

裸足の行列：士気を高めた宗教的行為

絶望的な状況の中、司祭ペトルス・デジデリウスが幻視を体験したと語りました。その内容は、3日間の断食後、裸足で市壁の周りを行進すれば城壁は崩れるというものでした。十字軍は、この幻視を信じて断食を行い、7月8日、エルサレム城外を裸足で行進しました。この奇妙な光景は、エルサレムの守備兵を当惑させ、嘲笑させました。

最後の攻撃と虐殺：悲劇の結末

攻城戦は、何度も繰り返されましたが、守備隊の抵抗は激しく、なかなか攻略することができませんでした。しかし、7月14日、ジェノヴァ軍が作った攻城塔が城壁に近づき、守備隊を驚かせました。翌7月15日の朝、ゴドフロワの部隊が北から市内に侵入し、エルサレムはついに陥落しました。しかし、市内ではムスリムやユダヤ人に対する大規模な虐殺が行われ、街は血で染まりました。神殿の丘では、多くの人々が命を奪われ、シナゴーグも焼き払われました。一方、東方正教徒の主教たちは追放され、聖遺物が奪われるという悲劇に見舞われました。

その後：エルサレム王国の誕生

エルサレム陥落後、ゴドフロワは「聖墳墓守護者」となり、エルサレム王国が誕生しました。エルサレム陥落の報は、イスラム世界を震撼させ、ムスリムの歴史家たちはこの出来事を記録しました。十字軍はエルサレムを占領しましたが、その残虐な行為は、後の十字軍の歴史にも暗い影を落とすこととなりました。エルサレムの戦いは、西洋では武勲詩の題材となり、伝説化されました。

このエルサレム攻囲戦は、単なる軍事的な勝利だけでなく、宗教的、政治的な多くの要因が複雑に絡み合った歴史的な出来事でした。この戦いを理解することは、中世の歴史を深く理解する上で非常に重要な意味を持つと言えるでしょう。

参考資料
Hans E. Mayer, The Crusades, Oxford, 1965.
Jonathan Riley-Smith, The First Crusade and the Idea of Crusading, Philadelphia, 1999.
Sir Archibald Alison, Essays, Political, Historical, and Miscellaneous - vol. II, London, 1850.
アミン・マアルーフ 『アラブが見た十字軍』、ちくま学芸文庫、ISBN 4-480-08615-3
エリザベス・ハラム編、川成洋ほか訳　『十字軍大全』　東洋書林、2006年 ISBN 4-88721-729-3
橋口倫介　『十字軍』　岩波新書、1974年 ISBN 4-00-413018-2

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