カチン防衛軍

カチン防衛軍（KDA）

カチン防衛軍（Kachin Defense Army, 略称: KDA）は、ミャンマー連邦共和国のシャン州北部でかつて活動した、カチン族を主体とする武装組織です。カチン民主軍（Kachin Democratic Army）としても知られており、カチン民族進歩発展軍など別の表記も存在します。一時はミャンマー政府軍と停戦を結び、指定された領域の統治を認められていましたが、後に民兵組織に再編され、最終的に武装解除されました。本項では、再編後のコンカー民兵（Kawngkha militia）についても記述します。

歴史

KDA時代

KDAの起源は1990年、カチン独立軍（KIA）第4旅団の分裂に遡ります。この分裂は、1980年代後半に政府軍の前進によって第4旅団が厳しい状況に置かれたこと、そして旅団司令官マトゥノーが実戦経験にも関わらず昇進できないことへの不満が背景にありました。政府軍情報部はこれを機に、既に旧ビルマ共産党系組織と停戦していた経験を活かして第4旅団に接近し、支援を提供したとされます。その結果、1991年1月11日に政府軍と同旅団は停戦協定を締結しました。停戦後、同旅団はシャン州クカイ郡区コンカーを拠点とし、1993年に正式にカチン防衛軍（KDA）を名乗りました。この分裂により、KIAは数百名の兵士を失い、弱体化しました。

停戦の見返りとして、軍事政権はKDAの支配領域をシャン州第5特区として承認しました。サルウィン川東岸の要衝を抑えていたKDAは、ラシオの北東軍管区の監督下で武装を維持したまま統治を続けました。特区内にはカチン族が多数を占める約200の村がありましたが、一部はKIAの支配域と重複し、両者の関係に緊張をもたらすこともありました。当初、KDAは民兵に近い存在と見なされていました。

停戦後、KDAは政府軍と緊密な関係を築き、1993年から2007年まで国民議会に参加し、2008年憲法の起草にも関わりました。2008年の憲法国民投票では、KDA支配域の住民に投票を強制したとされています。政府軍はコンカーの社会インフラ整備にも力を入れ、水力発電所や学校、病院などを建設して地域の発展を促しました。政府情報部のトップであったキン・ニュンは、コンカーがキリスト教徒中心の地域であるにも関わらず、2001年にKDA本部敷地内に仏塔と寺院を建立させるなど、宗教的な圧力も加えました。一方で、KDA自身も教会の建設や、政府・NGOの支援を得て道路や学校などのインフラ整備を進めました。カチン文化の保護にも努め、非合法化されていた時期にも伝統のマナウ祭りを開催したり、カチン語教育を支援したりしました。KDAの行政機構は、政府の地方行政と並行して機能していました。

2004年にキン・ニュンが失脚すると、KDAと政府軍の関係は悪化しました。2007年5月には、麻薬容疑でKDA財務局長を逮捕しようとした警察官がKDAの待ち伏せに遭い死傷する事件が発生。政府軍はKDA本部を包囲し財務局長の引き渡しを求めましたが、彼は多くの兵士と共に逃走しました。

民兵グループへの改組

2009年、KDAは政府軍の国境警備隊（BGF）改組プログラムへの参加を希望しましたが、国境から離れていることを理由に却下されました。代わりに、KDAは5つの小規模な民兵グループへと再編されることになり、保有していた重火器や迫撃砲を政府軍に引き渡しました。当時の指導者マトゥノーは、BGF傘下に入るか民兵になるかを選ばされ、カチン族コミュニティへの支援継続を理由に民兵への改組を選んだとされています。

コンカー民兵時代

民兵改組後、KDAはコンカー民兵などとして活動を続けました。2010年の総選挙では、住民に政府系の連邦団結発展党への投票を強制するなど、政治への介入も行いました。2016年には和平締結25周年記念式典を開催しました。

2011年以降、KIAと政府軍の間で戦闘が再開される中、コンカー民兵は複雑な立場にありました。KIAはワ州連合軍から武器を入手しており、その輸送ルートがコンカー民兵の支配域を通過する必要がありましたが、コンカー民兵はKIAの通行を拒否できなかったとされます。コンカー民兵は政府軍とKIAの両方との繋がりを維持し、それが国際的な麻薬取引への関与を可能にしたとの指摘もあります。コンカー民兵幹部は、政府軍の圧力に対しては「領土と民衆を守るためにKIAに合流して戦う」と述べるなど、KIAへの対抗意識も示唆していました。

2020年2月末から3月にかけて、コンカーおよび周辺地域で大量の麻薬が押収されたことを受け、政府軍はコンカー民兵の拠点に進駐し、武器を押収して関係者を逮捕しました。これを機に、コンカー民兵は武装解除されることとなりました。政府軍は武装解除の理由を、コンカー民兵支配域での相次ぐ麻薬発見としています。しかし、背景には、麻薬取引で得た資金がアラカン軍（AA）の資金源になっていることや、支配域が隣接するタアン民族解放軍（TNLA）やミャンマー民族民主同盟軍（MNDAA）に武器を供給している可能性を断ち切る目的があったことが示唆されています。

武装解除後も、コンカー民兵は完全に解散したわけではなく、一部部隊は武器を携行して活動を続けていると報告されています。例えば、コンカー部隊はマンピン民兵に改組され、マンチェイ民兵やジャヤン民兵などの元KDA系民兵も存続しました。2021年12月には、KDA設立以来の指導者であったマトゥノーが死去しました。近年、特に2023年11月の1027作戦では、コンカー民兵の一部であるジャヤン民兵の基地がTNLAによって占領されるなど影響を受けています。また、同時期にはコンカー民兵の一部が政府軍から離反し、KIAやMNDAAに合流していることも報告されています。

経済活動

KDAは停戦後、政府軍から利権を得て広範な経済活動を展開しました。これには麻薬の生産・取引も含まれます。政府軍は長らくKDAによる麻薬事業を黙認していたとされ、アヘンやヘロインの精製・密輸に関与していました。コンカーは麻薬取引の主要な拠点の一つであり、メコン川流域やバングラデシュ方面への密輸ルートに関与していたと見られています。コンカーの覚醒剤工場では中国人が働いていたとの証言もあり、国際的な麻薬シンジケートとの関連も指摘されています。KDAによる麻薬製造は、シャン州北部における薬物汚染を深刻化させ、反麻薬運動のリーダーがKDA関係者から脅迫を受けるといった事例も発生しました。

麻薬事業の他にも、KDAは経済活動を行いました。1997年には中国人実業家との共同での伐採事業を政府に認められました。2010年には中国企業による大規模な伐採が報告され、地元住民との間で問題も生じました。農業では、JICAのソバ栽培プロジェクトに参加しましたが、買取価格に不満を持って栽培を取りやめた時期もありました。コンカー民兵改組後は農業開発への積極性は低下したとされます。鉱業では、ヒスイ鉱山の開発事業に関与し、KDA指導者が関連会社の株主であったことも確認されていますが、実際には中国系実業家が事業を主導していた可能性が示唆されています。貿易業や賭博場経営、ガソリンスタンド経営なども資金源としていました。

少年兵・強制徴募

KDA/コンカー民兵は強制徴募を行っていたとされ、その中には少年兵も含まれていました。ある報告によると、KDAの兵士のうち約6～10%が16歳以下の少年兵であったとされます。KDAは10歳から17歳の生徒を受け入れる寄宿学校を運営しており、財政支援を行う一方で、卒業生には兵役に服す義務を課していました。コンカー民兵のジャヤン部隊にも、18歳以下の子ども兵士の存在が報告されています。

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