カラギーナン

カラギーナン：紅藻から生まれた多機能ゲル化剤

カラギーナンは、紅藻類から抽出される、D-ガラクトースと硫酸から構成される陰イオン性高分子化合物です。寒天の主成分であるアガロースと似た構造を持つ一方で、硫酸を多く含む点が大きな違いです。別名、カラゲナン、カラジーナン、カラゲーナン、カラゲニンなどとも呼ばれ、その弾力性とゲル化特性から、食品工業を始めとする様々な分野で幅広く利用されています。

1844年、アイルランド産の紅藻、ヤハズツノマタから初めて抽出され命名されました。この紅藻は、英語でIrish mossまたはcarrageen moss、アイルランド語でcarraigínと呼ばれます。

カラギーナンの性質と多様な用途

カラギーナンは、二重らせん構造を形成し、互いに絡み合うことで室温でもゲル状になるという特徴を持っています。このゲル化能力に加え、タンパク質との反応性も高く、牛乳中のカゼインなどとの反応によってゲルを形成します。他の多糖類にはないこの特異なゲル化特性は、カリウム塩やカルシウム塩の添加によってゲル強度を調整できるという利点も生み出しています。さらに、力（せん断応力）を加えると流動し、静置すると粘性を回復するチキソトロピー性も持ち合わせており、食品のなめらかで滑らかな食感を生み出すのに役立っています。

これらの性質から、カラギーナンは以下の様な用途に用いられています。

食品分野: デザート、アイスクリーム、乳製品、飲料、ソースなどの増粘・ゲル化剤、安定剤として。日本においてはゲル化剤としてアガーと呼ばれることもありますが、アガーは本来寒天を指すため、誤用です。
肉製品: パテやコンビーフなどの脂の代わりに添加するゲル化剤として。
ビール: タンパク質を除去する清澄剤として。
化粧品・日用品: 歯磨剤、シャンプー、化粧クリームなどの安定剤として。
その他: 泡消火器の泡強化剤、芳香剤のゲル化剤、靴クリームの増粘剤など。

カラギーナンの種類

カラギーナンには、ゲル化特性の違いによってκ（カッパ）、ι（イオタ）、λ（ラムダ）の3つの主要なタイプが存在します。

κ（カッパ）カラギーナン: 硬く強いゲルを形成し、Kappaphycus cottonii（オオキリンサイ属）から得られます。
ι（イオタ）カラギーナン: 軟らかいゲルを形成し、Eucheuma spinosum（キリンサイ属）から得られます。
λ（ラムダ）カラギーナン: 水中ではゲル化しませんが、タンパク質と混合することで軟らかいゲルを形成し、乳製品の安定剤として利用されます。Gigartina（スギノリ属）などが原料としてよく用いられます。

多くの紅藻は、世代交代の各段階で異なるタイプのカラギーナンを生成します。例えば、Gigartina属は配偶体世代でκカラギーナンを、胞子体世代でλカラギーナンを主に生成します。また、熱湯には全てのタイプが溶解しますが、冷水に溶けるのはλタイプのみです。ただし、ナトリウム塩とすることで、他の2タイプも冷水に溶解します。

食品添加物としての安全性

カラギーナンは、ヒトの消化管ではほとんど分解されないとされ、食物繊維の一種としてみなされています。多くの国で食品添加物として認可されており、工業規模での利用は1930年代から始まりました。歴史的には、中国では紀元前600年頃、アイルランドでは西暦400年頃より食用に利用されてきた記録があります。日本でも、コトジツノマタやツノマタなどを煮溶かして固めたものが古くから食用とされてきました。

しかしながら、げっ歯類を用いた動物実験では、カラギーナンの分解物が消化管潰瘍や発がんに関連する可能性が示唆されています。未分解カラギーナンにも発がんプロモーション作用が報告されています。また、カラギーナンの皮下注射は炎症を引き起こすことが知られており（カラゲニン浮腫）、これが消化管潰瘍や発がんに関連している可能性も考えられています。

これらの動物実験結果から、国際がん研究機関（IARC）では、未分解カラギーナンをグループ3（ヒトに対する発がん性は不明）、カラギーナン分解物をグループ2B（ヒトに対して発がん性の疑いがある）に分類しています。

しかし、多くの動物実験はヒトでは不可能な高用量で行われており、げっ歯類特有の腸内細菌叢の影響や、[サル]]ではカラギーナンによる炎症が容易に起きないことなどから、これらの悪影響はげっ歯類特有の現象であり、ヒトへの影響は無視できる程度であるという見解が有力です。そのため、FAO/WHO合同[[食品添加物専門家会議|FAO_WHO合同食品添加物専門家会議]は、2001年の会議でカラギーナンの1日許容摂取量を「特定せず」と決定しています。

カラギーナンの生産

現在、カラギーナンの生産量はフィリピンが世界シェアの約80％を占めています。主要な原料はコットニー(Eucheuma cottonii)とスピノサム(Eucheuma spinosum)で、これら2種で世界の生産量の約75％を占めます。これらの紅藻は水深約2メートルで栽培され、竹の浮きなどに張られたロープに生やして、約3ヶ月で収穫されます。

収穫後、紅藻は乾燥、梱包され工場へ輸送されます。工場では、不純物の除去、洗浄、抽出、遠心分離、濾過などの工程を経てカラギーナンが精製され、乾燥、粉砕されます。

参考文献

Joint, FAO and Bend, J and Bolger, M and Knaap, AGAC and Kuznesof, PM and Larsen, JC and Mattia, A and Meylan, I and Pitt, JI and Resnik, S and others (2007). “Evaluation of certain food additives and contaminants”. World Health Organization technical report series (947): 1. PMID 18551832. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18551832/.

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