ガニュメデスの略奪 (コレッジョ)

コレッジョの描く神話世界：「ガニュメデスの略奪」

コレッジョによって1531年から1532年にかけて制作された『ガニュメデスの略奪』（伊: Ratto di Ganimede, 英: Ganymede Abducted by the Eagle）は、ルネサンス期のイタリア絵画を代表する作品の一つです。この油彩画は、オウィディウスの『変身物語』に登場するゼウス（ユピテル）と美少年ガニュメデスの物語を題材としています。もともとはマントヴァ候フェデリコ2世・ゴンザーガの注文で、テ離宮の装飾として制作されたとされていますが、現在はウィーンの美術史美術館に所蔵されています。また、プラド美術館にはエウヘニオ・カシェスによる高品質の複製が展示されています。

神話の主題と解釈

物語は、ゼウスがトロイア王家の美少年ガニュメデスに恋をし、鷲に変身して彼を誘拐するというものです。ゼウスは、ガニュメデスを自分の酒の相手として、神々の宴に侍らせるようになりました。このエピソードは、古典ギリシアでは少年愛の神話として解釈されていました。しかし、中世以降には、ガニュメデスが福音記者ヨハネの予型であり、鷲はキリストの象徴とされるなど、道徳的な解釈も加えられました。ルネサンス期には、新プラトン主義的な観点から、神の領域へ昇華する魂の忘我状態の寓意として捉えられました。

作品の構成と表現

コレッジョは、変身した鷲がガニュメデスを連れ去る瞬間をドラマチックに描いています。鷲の力強い翼と、不安げに鷲にしがみつく少年の姿が対照的です。地上では、飼い犬が主人を追うように跳びはね、この誘拐劇を見守る姿が描かれています。コレッジョは、ガニュメデスを連れ去る場所を山岳地帯として描いており、遠方には山々が連なる風景が広がります。この背景設定が、物語の非日常的な雰囲気を高めています。

注目すべきは、コレッジョが鑑賞者の視点を犬の目線に設定している点です。犬に背を向けさせることで、鑑賞者は犬と同じ視点から、上空へと連れ去られるガニュメデスを仰ぎ見ることになります。この構図は、誘拐劇の緊張感と臨場感を高める効果を生んでいます。また、この作品は、同じくコレッジョが描いた『ユピテルとイオ』と対をなしており、それぞれが異なる感情や視点を描いています。

制作の背景

この作品は、『レダと白鳥』、『ダナエ』、『ユピテルとイオ』と共に、ユピテルの愛をテーマとした連作の一部として制作されました。フェデリコ2世・ゴンザーガは、マントヴァ郊外のテ離宮にある《オウィディウスの間》を飾るためにこれらの絵画を注文しました。特に『ユピテルとイオ』と『ガニュメデスの略奪』は、窓の両側に設置されるように、縦長の対作品として制作されたと考えられています。しかし、ジョルジョ・ヴァザーリは、これらの絵画が神聖ローマ皇帝カール5世に贈呈されるために描かれたと述べています。

来歴と後世への影響

連作は、制作後すぐにカール5世に贈られ、スペインに移されました。その後、17世紀にはハプスブルク家のコレクションに加わり、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿に所蔵されることになります。この作品は、ルネサンス期の芸術家たちに大きな影響を与え、神話を題材にした絵画の新たな表現方法を切り開きました。

余談：クリスティーナ女王のコレクション

興味深い余談として、スウェーデン女王クリスティーナは、コレッジョの連作を補完するために、ミケランジェロが描いた「ガニュメデスの略奪」をコレクションに加えようとしました。ミケランジェロ版では、ガニュメデスは青年の姿で描かれ、主題の同性愛的な側面が強調されています。これは、クリスティーナ女王の芸術に対する深い理解と、多様な解釈を受け入れる姿勢を示しています。

ギャラリー

[画像ギャラリーについては省略]

まとめ

コレッジョの『ガニュメデスの略奪』は、神話の物語を鮮やかに描き出し、鑑賞者をその世界へと引き込む傑作です。構図、色彩、表現力、そして神話への深い理解を通して、コレッジョはルネサンス美術の新たな境地を切り開いたと言えるでしょう。

参考文献

ルチア・フォルナーリ・スキアンキ『コレッジョ イタリア・ルネサンスの巨匠たち28』森田義之訳、東京書籍（1995年）
ウェルギリウス『アエネーイス』岡道男・高橋宏幸訳、京都大学学術出版会（2001年）
オウィディウス『変身物語（上）』中村善也訳、岩波文庫（1982年）
ホメロス『イリアス（上・下）』松平千秋訳、岩波文庫（1992年）
ホメーロス『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳、ちくま学芸文庫（2004年）
吉田敦彦『ギリシア人の性と幻想』青土社、1997年。
Larry Silver, Rubens, Velázquez, and the King of Spain, Routledge, 2014.
Egon Verheyen, Correggio's Amori di Giove, Journal of the Warburg and Courtauld Institutes Vol. 29, 1966, pp.160-192.
Karherine Aune, Display as identity: Queen Christina of Sweden's constructionof a public image through her stanza dei quadri, Bachelor of Arts, Florida State University, 2012.
Frédérique Villemur, Le chien de Ganymède : contrepoint au sublime ?. Presses universitaires de Paris Nanterre, 2008.

関連項目

フェデリーコ2世・ゴンザーガ
ユピテルとイオ (コレッジョ)

外部リンク

美術史美術館公式サイト, コレッジョ『ガニュメデスの略奪』
プラド美術館公式サイト, エウヘニオ・カシェス『ガニュメデスの略奪』（複製）

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