キュティッソーロス

キュティッソーロス：運命に翻弄された英雄

キュティッソーロス（Kytissōros）は、ギリシア神話における重要な人物です。彼は、金色の羊毛を求めた冒険で知られるプリクソスの子として、数々の試練を経験しました。母はコルキスの王アイエーテースの娘カルキオペーとされていますが、イオポッサとする説もあります。兄弟にはアルゴス、プロンティス、メラース、プレスボーンがいました。

彼らの物語は、ロドスのアポローニオスによる叙事詩『アルゴナウティカ』に詳細に記されています。プリクソスの死後、兄弟たちは父方の祖父であるアタマースから受け継いだ遺産を相続するため、コルキスからオルコメノスへの帰国を目指しました。しかし、運命の悪戯か、アレース島近海で嵐に遭遇し、船は難破。海岸に打ち上げられた彼らは、アルゴナウタイによって救助されます。

アルゴナウタイの冒険に同行したキュティッソーロスは、その後彼らと共にギリシアへと帰還を果たしました。しかし、彼の運命はここで終わらなかったのです。

ヘロドトスの記述によると、帰国したキュティッソーロスは、祖父アタマースが人身御供として殺されそうになっているのを目撃し、それを救出しました。この行為は、ゼウスの怒りを招いたとされています。

その結果、キュティッソーロスの血を引く者たちには、驚くべき制約が課せられました。彼らの子孫の長男は、市会堂（プリュタネイオン）に入ることを禁じられたのです。もし、禁を破って市会堂に入った者は、生贄として殺されるまで、その場にとどまらなければなりませんでした。この残酷な掟のために、多くのキュティッソーロスの子孫が国外に逃亡。それでも帰国し、再び市会堂に入るのを発見された者は、行列から引きずり出され、殺害されたといいます。

キュティッソーロスの物語は、英雄的な冒険と悲劇的な運命が複雑に絡み合った、典型的なギリシア神話のドラマです。アルゴナウタイの一員としての活躍と、その後彼の子孫に襲いかかった不可解な呪縛は、運命の残酷さと、神々の怒りの恐ろしさを私たちに突きつけます。彼の物語は、単なる冒険譚を超え、ギリシア社会における宗教的規範や、権力者の恣意的な支配の恐ろしさを象徴していると言えるでしょう。

キュティッソーロスの物語は、断片的にしか伝わっていませんが、残された記録から、彼の生涯と子孫に与えた影響の大きさを垣間見ることができます。彼の名は、ギリシア神話の英雄たちの系譜に、忘れられない一筆を加えるものとなっています。

参考文献

アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫（1953年）
『オデュッセイア／アルゴナウティカ』松平千秋・岡道男訳、講談社（1982年）
『ソクラテス以前哲学者断片集 第1分冊』「エピメニデス」山口義久、「アクゥシラオス」丸橋裕訳、岩波書店（1996年）
パウサニアス『ギリシア記』飯尾都人訳、龍溪書舎（1991年）
『ヘシオドス 全作品』中務哲郎訳、京都大学学術出版会（2013年）
ヘロドトス『歴史（下）』松平千秋訳、岩波文庫（1972年）
* 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店（1960年）

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