クィントゥス・アエミリウス・パプス

紀元前3世紀初頭に活躍した共和政ローマの政治家であり軍人です。プレブス（平民）の家系であるアエミリウス氏族の出身で、生没年に関する詳しい記録は残っていません。彼はローマの要職を歴任し、紀元前282年と紀元前278年には国家の最高責任者である執政官（コンスル）に、そして紀元前275年には監察官（ケンソル）を務めました。

出自

アエミリウス・パプスは、有力なパトリキ（貴族）氏族と思われがちですが、プレブス系のアエミリウス氏族に属していました。彼の父はグナエウス、祖父はルキウスというプラエノーメン（個人名）を持っていました。後世の紀元前225年に執政官となったルキウス・アエミリウス・パプスとの関係については議論があります。かつてウィリアム・スミスは彼をそのルキウスの祖父だと推定しましたが、カピトリヌスのファスティ（公式記録）では、ルキウスの父をクィントゥス、祖父をグナエウスとしています。この記述から、執政官を務めた年次には60年の隔たりがありますが、クィントゥス・アエミリウス・パプスはルキウスの祖父ではなく父であった可能性が高いと考えられています。

経歴

最初の執政官任期（紀元前282年）

アエミリウス・パプスは紀元前282年に初めて執政官に就任しました。同僚執政官は、後に何度も要職を共にすることになるガイウス・ファブリキウス・ルスキヌスでした。この任期中、パプスは北イタリアへ派遣され、ガリア人のボイイ族との戦いを指揮しました。この戦いで彼は決定的な勝利を収め、その成果は極めて大きかったとされています。彼の勝利によって、アルプス山脈以南のガリア人が居住する地域、ガリア・キサルピナは、その後半世紀以上にわたって比較的安定した時期を迎えることになりました。

同じ年、ローマは南イタリアにおける重要な局面を迎えていました。マグナ・グラエキア随一のギリシア人都市であるターレスが、ローマの艦隊を攻撃し、さらにローマの同盟市であるトゥリオイを攻囲していたのです。事態を収拾するため、ルキウス・ポストゥミウス・メゲッルスがローマの使節としてターレスに送られました。ローマの要求は、トゥリオイで捕虜となったローマ兵の解放、追放されていた親ローマ派指導者の帰還、略奪品の賠償、そしてローマ艦隊攻撃の首謀者の引き渡しといった内容でした。しかし、このローマ使節はターレスにおいて激しい侮辱を受け、交渉は決裂しました。この出来事が引き金となり、後のピュロス戦争（紀元前280年～紀元前275年）が勃発することになります。

紀元前280年、ローマはヘラクレアの戦いでエピロス王ピュロスに敗北を喫しました。この敗戦後、捕虜となったローマ兵の解放交渉のため、アエミリウス・パプスは同僚のルスキヌス、そしてプブリウス・コルネリウス・ドラベッラと共にピュロスの陣営へ派遣されています。

二度目の執政官任期（紀元前278年）

紀元前278年、パプスは再び執政官に選出されました。この時も同僚はガイウス・ファブリキウス・ルスキヌスでした。前年の戦術的な勝利にもかかわらず、多大な損害を被っていたピュロスは、再びローマ軍、特にルスキヌスのような有能な指揮官が率いる軍と正面から衝突することを避けていました。一方のローマも、ピュロスの強さを見て離反した南イタリアの同盟市を再掌握したいと考えており、全面対決は望んでいませんでした。

こうした状況下で、パプスとルスキヌスは、ピュロスの侍医が彼の毒殺を計画しているという情報を得ました。驚くべきことに、彼らはこの企みをピュロス本人に伝えたのです。この行為は、後の講和交渉へと繋がるきっかけの一つとなり、ピュロスは腹心のキネアスをローマに派遣して交渉を試みました。歴史家ニーブールはこの一件を偶発的なものと考えています。結局、ピュロスはイタリア半島を離れてシケリア（シチリア島）へと渡り、イタリアに残された彼の同盟者たちの運命は、ローマの判断に委ねられることとなりました。この任期中、パプスの同僚であるルスキヌスは南イタリアへの遠征を続け、後にローマへ帰還して凱旋式を挙行しています。

監察官任期（紀元前275年）

執政官を二度務めた後、アエミリウス・パプスは紀元前275年に監察官（ケンソル）に就任しました。ここでも彼の同僚はガイウス・ファブリキウス・ルスキヌスでした。監察官は市民の財産登録を行うだけでなく、公職者の道徳や品行を監督する重要な権限を持っていました。この任期中、パプスとルスキヌスは、かつて二度執政官を務めたプブリウス・コルネリウス・ルフィヌスを元老院から追放するという厳格な措置を取りました。その理由は、ルフィヌスが当時の奢侈禁止令に違反し、価値ある銀製品を10ポンド（約3.2キログラム）も所有していたためとされています。これは、ローマの公職者が清廉であるべきだという、この時代の気風を示す出来事でした。

クィントゥス・アエミリウス・パプスは、ガリアとの戦いにおける軍事的成功、ピュロス戦争という国家存亡の危機における外交・軍事両面での関与、そして監察官としての厳しい倫理観の執行など、共和政ローマがイタリア半島を統一していく激動の時代において、重要な役割を果たした人物と言えます。

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