ガイウス・ファブリキウス・ルスキヌス

ガイウス・ファブリキウス・ルスキヌス（Gaius Fabricius Luscinus）は、共和政ローマがイタリア半島統一を進める紀元前3世紀初頭に活躍した、プレブス（平民）出身の傑出した政治家であり軍人でした。彼は紀元前282年と紀元前278年の二度にわたり、共和政ローマの最高公職である執政官（コンスル）を務めています。「ルスキーヌス」という名前は、彼が隻眼（luscus）だったことに由来すると伝えられています。

出自

彼の父もまたガイウスという名でした。ファブリキウス氏族は、ラティウム地方中部の都市アレトゥリム（現在のイタリア中部ラツィオ州にあるアラトリ）を起源とし、ルスキヌスの父がローマに移住した最初の人物であると考えられています。

経歴

イタリア半島南部との関わり

ローマがサムニウム戦争に勝利してイタリア半島中部を掌握した後、南部のギリシア植民地群、通称マグナ・グラエキアとの接触が増えました。ローマはルカニア人との戦いに関与する中で、彼らと対立していたギリシア人都市トゥリオイ（現在のカラブリア州東岸）を支援し、紀元前286年または紀元前285年頃にこの都市にローマ軍の駐屯兵を置きました。マグナ・グラエキアの中でも最も力を持っていた都市ターレス（現在のターラント）は、このローマの行動に不満を抱き、両者の間に緊張が高まりました。紀元前284年、ルスキヌスはターレスへ派遣された特使の一員として、平和的な関係の維持に貢献しました。

しかし、ターレスは紀元前282年にトゥリオイを攻撃してローマの守備兵を追放し、さらにターレス港に入港しようとしたローマの船隊を攻撃しました。ローマはルキウス・ポストゥミウス・メゲッルス率いる使節団を送り交渉を試みましたが不調に終わり、ついにターレスに宣戦布告しました。これが、エペイロス王ピュロスをイタリアに招き寄せることとなるピュロス戦争の発端となりました。

執政官として

宣戦布告と同年に最初の執政官に就任したルスキヌスは、サムニウム、ルカニア、そしてブルティウムの人々に対して勝利を収めました。また、ターレスの支配下にあったトゥリオイを包囲し、陥落させています。これらの軍事的成功を讃えられ、彼は凱旋式を行う栄誉にあずかりました。

紀元前280年、ローマ軍はヘラクレアの戦いでピュロスの率いるエペイロス軍に敗北を喫しました。この厳しい状況下で、ルスキヌスはピュロスとの間で講和交渉や、捕虜の返還と身代金の支払いに関する交渉を担当しました。伝記作家プルタルコスによれば、ルスキヌスの決して賄賂を受け取ろうとしない清廉な態度に感銘を受けたピュロスは、身代金を受け取らずにローマの捕虜を解放したとされています。

紀元前278年には、ルスキヌスは再び執政官に選出されました。この時ピュロスはシケリア（シチリア島）へ渡っていましたが、これに呼応して反乱を起こしていたレギオン（現在のレッジョ・ディ・カラブリア）を制圧するため、ルスキヌスは都市を包囲し、最終的に陥落させました（レギオン包囲戦）。

監察官就任

ピュロス戦争が終結に近づく紀元前275年には、ルスキヌスはケンソル（監察官）という重要な役職に就任しました。監察官は市民の戸籍や財産登録、元老院議員の選定、公共工事の監督などを担当する権力のある役職です。

人物像と後世の評価

ルスキヌスに関する逸話は、しばしば彼の禁欲的で清廉潔白な人柄を強調する形で語り継がれています。特に、同時代の著名な人物であるマニウス・クリウス・デンタトゥスの逸話と比較されることが多く、政治家キケロも自著の中で両者をしばしば引き合いに出しています。ピュロスの賄賂を断った話は、彼の高潔さを示す代表的なエピソードです。

しかし、一世紀初頭の著述家ウァレリウス・マクシムスは、ルスキヌスが監察官時代の同僚クィントゥス・アエミリウス・パプスと共に、自宅に銀器を蓄えていたと記しています。それぞれの家には神々への供物を捧げるための食器と塩の貯蔵庫があり、ルスキヌスの方が銀器の下に角で作った小さな台座を置くなど、やや洗練されていたという記述も残っています。この記述は、彼が完全に質素な生活を送っていたわけではなく、当時の富裕層としての側面も持ち合わせていた可能性を示唆しており、後世に理想化された禁欲主義者のイメージとは異なるニュアンスを含んでいます。

総じて、ガイウス・ファブリキウス・ルスキヌスは、共和政ローマが強大国へと発展していく激動の時代において、軍事的・政治的に重要な役割を果たし、特に清廉さをもって後世に名を残した人物であると言えるでしょう。

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