ケンソル

ケンソルとは

ケンソル（羅: cēnsor）は、古代ローマにおける高位の政務官職の一つで、日本語では「監察官」や「弾正」とも訳されます。主な任務は、ローマ市民の国勢調査（ケンスス）の実施と、風紀の取り締まりでした。

ケンソルの職務

ケンソルの最も重要な職務は、ケンススと呼ばれる国勢調査の実施でした。この調査では、ローマ市民の年齢、家族構成、資産状況などが詳細に調べられ、その結果に基づいて、市民の所属トリブス（選挙区）やクラシス（資産に応じた階級）が決定されました。さらに、ケンソルは市民の風紀を正す役割も担い、不品行を理由に元老院議員やエクィテス（騎士）を除名する権限を持っていました。

また、国庫の管理や道路、水道などのインフラ整備もケンソルの重要な職務でした。加えて、第二次ポエニ戦争の頃からは、元老院の第一人者を任命する役割も担うようになりました。ケンススが完了すると、ルーストルムと呼ばれる清めの儀式が行われました。

ケンソルは他の政務官職とは異なり、原則として5年に1度、1年半の任期で2名が選出されました。通常、ケンソルにはコンスル（執政官）経験者が就任しており、ローマの政務官の中でも高い地位を与えられていました。

ケンソルの譴責

ケンソルは綱紀粛正のために、譴責（ノタ・ケンソリア）と呼ばれる処分を行うことができました。元老院議員に対しては、名簿から除名する権限を持ち、エクィテスに対しては公有馬を没収することができました。この譴責は、元老院議員の検討（lectio）によって行われ、元老院名簿が作成されました。

紀元前58年、護民官プブリウス・クロディウス・プルケルは、ケンソルの譴責に制限を加えました。それまではケンソルの一人の判断で譴責が行われていましたが、この法律により、譴責対象者は弁明の機会が与えられ、ケンソルの双方が認めた場合のみ譴責が行われるように変更されました。しかし、この変更はレクティオを煩雑化させ、ケンススに支障をきたしたため、紀元前52年に廃止され、元の手順に戻されました。

その他の処分としては、トリブスからの移動やアエラリウスへの降格などがありました。トリブスはローマの選挙区のようなもので、都市トリブスは農村トリブスに比べて劣ったものと見なされていました。アエラリウスは、兵役などの義務を剥奪された不名誉な階級とされていました。これらの処分を受けた者は、カエレ人の表に名前が刻まれました。ただし、これらの処分は永久的なものではなく、次のケンソルによって元の地位に戻されることもありました。

ケンソルの歴史

王政期

ケンススを最初に行ったのは、王政ローマのセルウィウス・トゥッリウス王だとされています。紀元前550年前後、彼は市民の資産状況に応じて6つのクラシス（階級）とケントゥリア（百人隊）を定め、ケンススが完了すると、全市民にカンプス・マルティウスに集まるよう命じ、清めの儀式を行いました。

共和政期

ケンソルが初めて選出されたのは、紀元前443年とされています。当時、コンスルは対外戦争に忙しく、ケンススを専門に行う役職が必要となったため、元老院で新職の設立が提案されました。紀元前444年に執政武官職が新設されたこともあり、パトリキ（貴族）のみが就任できるこの官職の新設は歓迎されました。当初、ケンソルの任期は5年でしたが、紀元前434年に独裁官マメルクス・アエミリウス・マメルキヌスによって1年半に短縮されました。

紀元前4世紀中盤までのケンススは不定期に行われており、記録には執政武官とケンソルが混同して書かれていることもありました。紀元前367年のリキニウス・セクスティウス法によって執政武官制度が廃止され、コンスル制が固定されたことを機に、ケンソル職も明確に分離されたと考えられています。

紀元前393年には、ケンソルの一人が任期中に死去したため、初めて補充ケンソルが選出されましたが、その後の補充は不吉な前例として行われなくなりました。

紀元前351年には、初のプレブス（平民）出身のケンソルが選出され、紀元前339年には法律でケンソルのうち一名はプレブスから選出されることが定められました。紀元前280年には、プレブス出身のケンソルが初めてルーストルムの儀式を執り行いました。

紀元前294年と265年にはマルキウス・ルティルスが二度ケンソルに選出されましたが、彼はケンソルの再選を禁止する法律を制定したとされています。

帝政期

帝政期に入ると、ケンススの実施や風俗の監視は元首の仕事となりました。

ケンソルに関する逸話

幕末期、外国との会談で目付の職務を説明した際、「スパイ」と誤解されました。そのため、幕府は諸外国の職務で目付に相当するものを探し、ローマ時代の官職であるケンソルを見つけました。万延元年遣米使節で小栗忠順が目付として赴いた際には、「目付とはCensorである」と主張して切り抜けたという逸話があります。

古代ローマの人口統計

古代ローマのケンススによる市民人口の変遷は、ローマ市民権の拡大を示唆しています。初期にはローマ市内の人口が中心でしたが、後にイタリア全土、さらにはイタリア外へと拡大していったことが、人口統計からも読み取れます。

まとめ

ケンソルは、古代ローマにおいて重要な役割を担った政務官でした。その権限は大きく、市民の生活や政治に深く関わっていました。ケンソルの歴史を紐解くことで、古代ローマの社会構造や政治制度を理解する上で、非常に重要な示唆が得られます。

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