クバール・スピアン

クバール・スピアン：千のリンガが眠る聖なる川

クバール・スピアンは、カンボジアのシェムリアップ州に位置する、クメール王朝時代の遺跡です。アンコール遺跡群から北東へ約25km、プノン・クーレンの西側に位置し、ストゥン・クバール・スピアン川沿いに広がっています。「橋の頭」または「橋の始まり」を意味するこの地は、川床や川岸に無数の彫刻が施されていることから、「千本リンガの谷」または「千のリンガの川」として知られています。

地理と環境

クバール・スピアンは、「アンコールの北東のジャングルの奥深くにある見事に彫られた川床」と形容されるように、豊かな自然の中にあります。川の名はストゥン・クバール・スピアンといい、シェムリアップ川の源流の一つです。川床の砂岩は削られ、インド神話をモチーフとした彫刻が数多く刻まれています。考古遺跡は、千本リンガの橋の北150メートル上流から、下流の滝にかけての川一帯に広がります。川は宗教的な彫刻の上を流れ、清められた後、シェムリアップ川とプク川に分かれ、平野やアンコール遺跡群を巡り、最終的にトンレサップ湖へと流れ込みます。

遺跡は、プノン・クーレン国立公園の西部に位置します。アクセスは、バンテアイ・スレイ寺院から約5kmの地点にある入口からとなり、森林の小道を約2km、45分ほど登ることで、川床に彫られた彫刻が現れる最初の滝にたどり着きます。

歴史

残存する彫刻は、11世紀の王、スーリヤヴァルマン1世の治世に始まり、ウダヤーディチャヴァルマン2世の時代に終わるとされています。特に1000本のリンガは、1054年にスーリヤヴァルマン1世が寄進し、聖務者や隠者によって刻まれたとされています。碑文には、彫刻の多くがウダヤーディチャヴァルマン2世の治世に行われたことや、1059年に王が金色のリンガを捧げたことが記されています。当時、シェムリアップ川の水は、神聖なリンガを越えて清められると信じられていました。

遺跡は、1969年に民俗学者ジャン・ブールベによって発見されましたが、その後の調査はカンボジア内戦によって中断されました。1998年以降、安全が回復し、多くの人々が訪れるようになりました。

構成

クバール・スピアンの橋は、自然の砂岩でできた橋です。モンスーンの後、水位が下がり始めると、彫刻がよく見えるようになります。川には、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三神一体の神々や、聖なる生き物の彫刻が点在しています。ヴィシュヌは蛇のアナンタの上にもたれかかり、シヴァは配偶者のパールヴァティー（ウマー）とともにナンディンに乗る姿が彫られています。また、ヴィシュヌのへそから伸びるハスの花にはブラフマーがいます。他にも、ラーマやハヌマーンといったインド神話の神々、そして動物たちの彫刻が川床や川岸に刻まれています。

川の流れに沿って歩くと、ヴィシュヌとラクシュミーの夫婦の彫刻や、雄牛ナンディンに乗ったシヴァとウマーの彫刻が見られます。下流には、数々のリンガが刻まれています。1995年にこの地を訪れたジャーナリストによると、9世紀に遡るリンガが、25cm四方、深さ10cmの格子模様の中に並んでいるとのことです。リンガは水に覆われ、その聖なる力は「クメール国王の力の経路」を生み出すと信じられていました。

リンガを過ぎると、川は15cmほど下がり清水の淵となります。ここから下流の寺院群へと続く川は、神聖なリンガの上を流れたことで清められます。また、リンガは「女性の本源」であるヨニを表す四角い囲みの中に置かれています。その先には、小岩の島が点在し、滝壺へと流れ落ちていきます。岩面には浅浮き彫りがあり、そのうちの1つはアンコール・ワット寺院の浅浮き彫りと同様に、禁欲を表すシヴァではないかと推測されています。また、ワニやカエルの彫刻も見られます。水が常に湛えられた場所には、横たわるヴィシュヌの彫刻や、尾を女性に握られたワニの彫刻があり、小島には、雄牛ナンディンに乗ったシヴァとウマーの彫刻があります。

彫刻

川床や川の淵には、インド神話の場面や象徴が数多く彫られています。川の水位が下がると、碑文も見ることができます。共通のモチーフとして、乳海に寄りかかり蛇のアナンタの上に横たわるヴィシュヌや、ヴィシュヌのへそから出るハスの花に神ブラフマーがいる彫刻があり、これらは創造の力を強調しています。川床には1000本とも言われるリンガが彫られ、川に「1000本リンガの谷」という名を与えています。また、ヴィシュヌやシヴァが配偶者のウマーとともにいる彫刻も認められます。

彫刻は、損傷が見られるものの、その壮大さは今もなお健在です。近年では、考古学者の監督のもと、アーティザン・アンコールの卒業生が、失われた部分の修復に取り組んでいます。

周辺

クバール・スピアンはプノン・クーレン国立公園内に位置しています。川の川口近くには、違法取引された動物の保護活動を行うアンコール生物多様性保全センター（ACCB）があります。

まとめ

クバール・スピアンは、カンボジアの歴史と文化、そして自然の美しさが融合した場所です。川床に刻まれた神々の彫刻は、古代クメール人の信仰を今に伝える貴重な遺産であり、訪れる人々に深い感動を与えます。

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