サミュエル・ティン

サミュエル・ティン：素粒子物理学の探求者

サミュエル・C・C・ティン（Samuel C. C. Ting、中国名：丁肇中）は、1936年1月27日に生まれた中国系アメリカ人の物理学者です。彼は素粒子物理学における画期的な発見で知られ、特に1974年のジェイプサイ中間子（J/ψ中間子）の発見は、この分野に新たな展開をもたらしました。この功績が認められ、ティン博士はスタンフォード大学のバートン・リヒター博士と共に、1976年のノーベル物理学賞を受賞しています。

ティン博士の幼少期は、中国の激動の時代と重なります。山東省に祖籍を持つ華僑の家庭に生まれ、父クァンハイ・ティン氏と母ツァンイン・ジーン・ワン氏は、共に科学や物理学を専門とする大学教授でした。ミシガン州アナーバーで生後2ヶ月を過ごした後、一家は中国に戻りました。日中戦争による教育体制の混乱の中、ティン博士は両親から直接家庭で教育を受けました。その後、中国の内戦に伴う国の分裂を経て、一家は台湾へと移り住みます。両親は国立台湾大学でそれぞれ工学の教鞭をとりました。

台湾で教育を受けたティン博士は、台北市立建国高級中学を経て、台湾省立工学院（現在の国立成功大学）に進学しました。20歳を迎える頃、彼は再びアメリカへと渡り、ミシガン大学で学びを深めます。1959年には数学と物理学の学位を取得し、1962年には物理学で博士号を取得しました。

博士号取得後、ティン博士は欧州原子核研究機構（CERN）で原子核の研究に携わりました。1965年からはコロンビア大学で教鞭をとりながら、ドイツ電子シンクロトロン研究所でも研究を続けました。1969年からはマサチューセッツ工科大学（MIT）の教授として、素粒子物理学の分野で中心的な役割を果たします。

ジェイプサイ中間子の発見とノーベル賞

1974年、ティン博士はMITの研究チームを率いて、高エネルギー粒子物理学における新しい領域の探求を目指していました。その過程で、彼はこれまで知られていなかった新種の重い粒子、ジェイプサイ中間子を発見します。ほぼ同時期に、バートン・リヒター博士率いるスタンフォード大学SLAC国立加速器研究所のチームも同じ粒子を発見しており、この二重発見は「11月の革命」と呼ばれ、素粒子物理学に大きな影響を与えました。この発見は、クォークモデルにおけるチャームクォークの存在を強く支持するものでした。

1976年にノーベル物理学賞を共同受賞したティン博士は、その受賞スピーチで実験的研究の重要性を力説しました。彼は「自然科学の理論は実験的な基礎が不可欠であり、物理学は特に実験的な仕事に裏付けられる学問である」と述べ、自身の受賞が途上国出身の学生たちが実験研究に関心を抱くきっかけとなり、その重要性が認識されることを願うと語りました。

アルファ磁気分光器（AMS）プロジェクト

1995年、地上の高エネルギー実験物理学の将来が不透明になる中で、ティン博士は宇宙空間における宇宙線観測計画、アルファ磁気分光器（AMS）プロジェクトを提案しました。この計画は、宇宙空間から飛来する高エネルギーの宇宙線を精密に測定することで、ダークマターや反物質の探索など、宇宙の根源的な謎に迫ることを目的としています。

プロジェクトが承認されると、ティン博士は主要な出資者の一人として深く関与し、巨大な国際共同プロジェクトを主導しました。プロトタイプ機であるAMS-01は1998年にスペースシャトルに搭載されて実験が行われました。その後継機であるAMS-02は、さらに高精度な測定を目指して開発が進められました。しかし、2003年のコロンビア号事故を受け、NASAがシャトル計画の早期終了とAMS-02の搭載計画からの除外を発表したため、プロジェクトは大きな危機に直面します。

ティン博士は、この困難な状況にも屈せず、議会へのロビー活動や広く社会への訴えを通じて、宇宙実験の実現を求め続けました。その粘り強い努力の結果、AMS-02はシャトル計画の終盤に改めて搭載されることが決定しました。検出器の開発においても、非常に繊細かつ複雑な大型モジュールの製作には数多くの技術的な課題がありましたが、これらを克服し、AMS-02は2011年5月16日にスペースシャトル「エンデバー」のミッションSTS-134で無事打ち上げられ、同年5月19日に国際宇宙ステーション（ISS）に設置されました。総額1.5億ドルに及ぶこのプロジェクトには、16カ国56研究機関から約500名の研究者が参加する、文字通りの国際共同実験となっています。

その他の業績と栄誉

ティン博士は、ノーベル賞以外にも多くの栄誉を受けています。1975年にはアーネスト・ローレンス賞を受賞。1992年には中国科学技術大学から名誉博士号を授与されました。彼は米国国立科学アカデミー、中国科学院の会員であり、中央研究院の外国人会員でもあります。また、彼はノーベル賞受賞者として初めて中国語（官話）で受賞スピーチを行いました。

プライベートでは、1960年にケイ・キューネ氏と結婚し2女をもうけましたが、1985年にスーザン・キャロル・マークス博士と再婚し、1男が生まれています。

サミュエル・ティン博士は、素粒子物理学における卓越した実験家として、そして大規模な国際共同プロジェクトを成功に導くリーダーとして、現代科学史にその名を刻んでいます。

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