シシュポス (ティツィアーノ)

ティツィアーノの「シシュポス」：神への挑戦と永遠の刑罰



ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1548年から1549年にかけて制作した油彩画「シシュポス」は、ギリシア神話に登場するコリントスの王シシュポスを主題とした作品です。この絵画は、神聖ローマ皇帝カール5世の妹であるハンガリー女王マリア・フォン・エスターライヒの依頼によって制作された4点の神話画連作《地獄に堕ちた者たち》の一つであり、残りの作品には『ティテュオス』、『タンタロス』、『イクシオン』がありました。しかし現存するのは『シシュポス』と『ティテュオス』のみです。

神話におけるシシュポス



シシュポスは、その狡猾さで知られる人物です。彼はゼウスが河神アソポスの娘アイギナを誘拐した際、その情報を父親に教えたことで、ゼウスの怒りを買いました。冥府へ送られることになったシシュポスは、冥府の神々を欺き地上へ生還しますが、その傲慢な行為が原因で、冥府で巨大な岩を山頂に押し上げるという永遠の刑罰を受けることになりました。

制作の背景



この連作は、カール5世がプロテスタント勢力に勝利した翌年、1548年にマリア女王がバンシュ宮殿の装飾のためにティツィアーノに発注したものです。この宮殿には、神に挑戦した者が受ける刑罰を描いた絵画やタペストリーが飾られており、マリアはこれらの作品を通して、支配者に反抗する者たちの運命を暗に示す意図がありました。この連作は、政治的なメッセージを込めたものでもあったのです。

作品の詳細



ティツィアーノは、冥府で苦悶の表情を浮かべながら岩を押し上げるシシュポスの姿を描いています。彼は、でこぼこの急斜面を上ろうとしており、地面からは火が噴出し、周囲は黒煙に覆われています。山頂からは溶岩が飛び散り、大蛇たちがシシュポスの周りにまとわりついています。文学的な源泉はオウィディウスの『変身物語』ですが、ティツィアーノはキリスト教の図像要素も取り入れています。

古代神話の冥府を表現するために火を用い、オウィディウスの詩にはない蛇を描くことで、シシュポスの否定的な性格を強調しています。また、ティツィアーノはシシュポスを筋肉隆々とした逞しい姿で描いており、同じく巨人を描いた『ティテュオス』とともに、ミケランジェロの影響を感じさせます。しかし、ダイナミックな表現は、赤と黄色の密集した筆遣いで描かれた炎と溶岩にも表れており、色彩と明暗の効果を最大限に引き出した晩年の様式を予感させます。

作品の来歴



『シシュポス』を含む連作は、1549年から1553年にかけてバンシュ宮殿に送られました。宮殿では、メインホールの高い位置に飾られ、マリアはカール5世を迎える歓迎のパーティーを盛大に催しました。しかし、その後のフランスとの紛争によって宮殿が略奪され、絵画はブラバント公爵の城へ、さらにスペインのシガレスへと移されました。1558年にスペイン王室コレクションに加わり、フェリペ2世によってアルカサルへ送られました。その後、『タンタロス』と『イクシオン』はアルカサルの火災で焼失。残された作品はブエン・レティーロ宮殿に移され、新王宮を経て、1828年にプラド美術館に所蔵されました。

現在、この「シシュポス」は、マドリードのプラド美術館で鑑賞することができます。ティツィアーノの卓越した技術と、神話的なテーマが見事に融合したこの作品は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

参考文献




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