シリル・ワイルド

シリル・ワイルドの生涯：軍人、通訳、そして戦犯調査官

シリル・ヒュー・ダルリンプル・ワイルド（Cyril Hew Dalyrimple Wild, 1908年4月10日 - 1946年9月25日）は、イギリスの軍人であり、日本語に堪能な通訳として知られています。彼の生涯は、軍人としての活動、日本での民間企業勤務、そして第二次世界大戦中の捕虜としての経験、戦後の戦犯調査という、多岐にわたる側面を持っています。

生い立ちと教育

1908年、ロンドンの教区牧師の家庭に生まれたワイルドは、オックスフォード大学ブレイズノーズ・カレッジで文学を専攻しました。卒業後、叔父の紹介でライジングサン石油に入社し、その子会社で働くことを決めました。同時に、オックスフォードシャ・バッキンガムシャ歩兵連隊に入隊し、軍事訓練を受けました。

ライジングサン石油での勤務

1931年、ワイルドはライジングサン石油の駐在員として日本に赴任しました。名古屋、横浜、東京、大阪、神戸と各地を転々としながら、日本語の習得に励みました。日本滞在中にセリア・ウォーターハウスと結婚し、共に生活を送りました。

軍への復帰とシンガポールでの役割

1940年、ワイルドはイギリス陸軍に復帰し、日本語能力を活かして情報将校兼通訳としてシンガポールの英印軍第3軍に配属されました。1942年のシンガポール陥落時には、降伏の軍使として日本軍との交渉にあたり、パーシバル中将の通訳を務めました。

捕虜としての経験と泰緬鉄道

シンガポール陥落後、ワイルドは日本軍の捕虜となり、チャンギー捕虜収容所での生活を余儀なくされました。彼は捕虜収容所での連絡将校や通訳を務める傍ら、日本軍の捕虜虐待を目の当たりにし、戦争犯罪の可能性について情報を収集していました。その後、タイの泰緬鉄道建設現場に送られ、過酷な環境下での労働を強いられる捕虜たちの惨状を記録しました。

戦後の戦犯調査

終戦後、ワイルドは戦犯調査に携わり、連合軍捕虜や民間人抑留者、日本軍関係者から証言を集め、戦犯容疑者の逮捕・尋問を行いました。彼は特に泰緬鉄道建設における捕虜虐待事件や、シンガポール華僑粛清事件に深く関わり、その真相究明に尽力しました。東京裁判では、日本軍の戦争犯罪に関する証人として証言しました。

東京裁判と最期

1946年9月、ワイルドは東京裁判に出廷し、日本軍の非人道的行為について証言しました。その帰路、香港で航空機事故により38歳という若さで命を落としました。彼の遺体は香港のハッピー・バレー墓地に埋葬されました。

ワイルドと泰緬鉄道建設

泰緬鉄道建設は、日本軍による連合軍捕虜の虐待が顕著だった事例の一つです。ワイルドは、F隊の捕虜としてこの過酷な労働環境を体験し、日本軍の非人道的な行為を記録しました。捕虜たちは、十分な食料や医療も与えられず、過酷な労働と暴力に苦しみました。ワイルドは、こうした実態を戦後、詳細に証言しました。

山下奉文への尋問

ワイルドは、マニラで山下奉文元第25軍司令官への尋問を行いました。この尋問で、ワイルドは日本軍の残虐行為について追求しましたが、山下は一切を知らないと否認しました。しかし、ワイルドは山下の部隊が犯した残虐行為について徹底的に調査し、その責任を追及しました。

シンガポール華僑粛清事件

ワイルドは、戦後発見された日本軍の報告書から、シンガポール華僑粛清事件における軍の関与を暴きました。彼は、事件に関与した杉田一次中佐を逮捕し、裁判での証言を通じて事件の真相を明らかにしました。しかし、ワイルドの死後、杉田は釈放され、検察側の証人となりました。

ワイルドの評価

ワイルドは、日本軍による捕虜虐待を目の当たりにしたことから、日本に対する強い復讐心を持っていたという見方もあります。しかし、シンガポールでの戦犯裁判に関わった中村武の証言によると、裁判は概ね公平に行われ、被告人である日本人戦犯たちも判決内容におおむね納得していたとされています。

ワイルドが関与した主な戦犯事件

アレクサンドラ病院事件
昭南オートラム刑務所事件
昭南陸軍刑務所事件
シンガポール華僑粛清事件
セララン兵営事件
双十節事件
泰緬鉄道建設捕虜虐待事件
パリットスロン事件
リマウ作戦

ワイルドの生涯は、軍人、通訳、そして戦犯調査官として、複雑な歴史的背景の中で重要な役割を果たしたことを示しています。彼の証言と調査は、戦後の戦犯裁判において重要な証拠となり、日本軍の非人道的な行為を明らかにする上で大きな貢献をしました。

参考文献
林博史『シンガポール華僑粛清』高文研、2007年
イアン・ウォード『将軍はなぜ殺されたか－豪州戦犯裁判・西村琢磨中将の悲劇』原書房、2005年
ジェイムズ・ブラッドリー『知日家イギリス人将校 シリル・ワイルド－泰緬鉄道建設・東京裁判に携わった捕虜の記録』明石書店、2001年
* 遠藤雅子『シンガポールのユニオンジャック』集英社、1996年

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