ジェームス・プラディエ

ジェームズ・プラディエ（James Pradier、本名ジャン＝ジャック・プラディエ、1790年5月23日 - 1852年6月4日）は、スイスに生を受け、主にフランスで活動した高名な彫刻家です。本名のジャン＝ジャックではなく、ジェームズと名乗ったのは、当時のフランスにおける流行に倣ったためと言われています。

ジュネーヴで生まれたプラディエは、フランスから宗教的迫害を逃れてきたプロテスタント難民の子として育ちました。兄には後にフランスで版画家として名を成すシャルル＝シモン・プラディエがいます。プラディエの幼少期は、フランス革命後の混乱期と重なり、スイスは1798年にフランス共和国軍の侵攻を受け、ヘルヴェティア共和国としてフランスの支配下に置かれるなど、動乱の時代でした。10歳を過ぎた頃からは時計職人のもとで徒弟として働いていましたが、その美術的才能が見出され、1804年には美術分野の若者に奨学金を与える制度の対象となり、兄と共に奨学生に選ばれます。そして1807年、兄の活動拠点であるパリに移り、彫刻家フランソワ＝フレデリック・ルモの工房で専門的な研鑽を積むことになります。1811年にはフランス屈指の芸術教育機関であるエコール・デ・ボザールに入学し、本格的に彫刻の道を歩み始めました。

プラディエのキャリアにおいて転機となったのは、1813年のローマ賞受賞です。この栄誉により、1814年からローマの在ローマ・フランス・アカデミーで学ぶ機会を得ました。ローマ滞在中、彼はジャン＝ピエール・コルトーやジュール＝ロベール・オーギュスト、ダヴィッド・ダンジェといった、当時ローマに滞在していたフランスの彫刻家たちと親交を結びました。さらに、アカデミア・ディ・サン・ルカで絵画も学び、イタリアを代表する彫刻家アントニオ・カノーヴァや、イタリアで活躍していたベルテル・トルバルセンの工房を訪れるなど、当時の彫刻界の大家たちの作品や技法に触れ、視野を広げました。約5年間のローマでの学びを終え、1819年にパリへと帰還します。

パリに戻ったプラディエは、瞬く間にその才能を認められます。1819年のサロンで金メダルを受賞し、同年には早くも国家からの制作依頼を受けるようになりました。彼の評価は高まり続け、1827年にはフランス芸術アカデミーの会員に選出されます。翌1828年には、かつて自身が師事したフランソワ＝フレデリック・ルモの後任として、エコール・デ・ボザールの教授に任命され、さらにレジオンドヌール勲章（シュヴァリエ）も叙勲されるなど、フランス彫刻界の中心的人物としての地位を確立しました。

輝かしいキャリアの傍ら、プラディエの私生活は波乱に満ちていました。ローマ滞在中に作品のモデルを務めた女性と共にパリへ戻ったものの、1825年頃からは女優ジュリエット・ドルエと愛人関係となり、彼女との間に一女をもうけました。プラディエはアルフレッド・ド・ミュッセ、ヴィクトル・ユーゴー、テオフィル・ゴーティエといった当時の著名な文学者たちとも親交がありましたが、ジュリエット・ドルエが1833年からヴィクトル・ユーゴーの長年の愛人となったことは広く知られています。

1833年には、著名な化学者ジャン＝ピエール＝ジョゼフ・ダルセの娘と結婚しました。しかし、この妻は浪費癖があり、不貞行為もあったとされ、ギュスターヴ・フローベールの小説『ボヴァリー夫人』の主人公、エマ・ボヴァリーの人物設定に影響を与えた女性ではないかとも言われています。この結婚生活からは3人の子供が生まれましたが、夫婦関係は破綻し、1845年に離婚に至りました。プラディエは精力的に制作活動を続けましたが、1852年6月4日、旅行中に急逝しました。

プラディエはその作風において新古典派に分類されますが、『サテュロスとバッカント』のような、当時の規範に捉われない官能的な表現を用いた作品も手がけています。その作品は、洗練された古典的な美しさと、人間的な情熱や官能性を同時に湛えている点が特徴と言えるでしょう。

もう一度検索