ジュゼッペ・マルトゥッチ

概要

ジュゼッペ・マルトゥッチ（Giuseppe Martucci, 1856年 1月6日 - 1909年 6月1日）は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したイタリアの音楽家。作曲家、指揮者、ピアニスト、教育者として多岐にわたる活動を展開した。特に、当時のイタリアで主流であったオペラではなく、器楽曲の創作に専念した稀有な存在であり、衰退していたイタリア器楽曲の復興において重要な役割を果たした。また、指揮者としては、リヒャルト・ワーグナーの楽劇をイタリアに紹介する先駆者となり、『トリスタンとイゾルデ』のイタリア初演などを手掛けたほか、ヨーロッパ大陸において早い時期にイギリス音楽、特にチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードの作品を演奏会に取り上げるなど、国際的な視野を持った活動を行った。

生涯

マルトゥッチは1856年、ナポリ近郊のカプアに生まれた。父ガエターノは軍楽隊のトランペット奏者であり、幼少期から父より音楽の基礎教育を受けた。早くから音楽の才能を示し、わずか8歳でピアニストとして公開の場でデビューを果たし、神童と称された。高名なピアニストであるジギスモント・タールベルクの弟子であったベニアミーノ・チェージ教授の推薦を得て、11歳でナポリ音楽院に入学。チェージにピアノを、パオロ・セラオに作曲を師事し、高度な音楽教育を受けた。

19歳となった1875年からはピアニストとしての演奏活動を本格化させ、イタリア国内はもとより、ドイツ、フランス、イングランドなどヨーロッパ各地を巡る演奏旅行を行った。この時期には、著名なチェリストであるアルフレード・ピアッティとの共演も多かった。

教育者としてもキャリアを重ね、1880年には母校ナポリ音楽院のピアノ科教授に就任。1886年にはボローニャ音楽学校（現・ボローニャ音楽院）の校長に転じ、ルイージ・マンチネッリの後任を務めた。

指揮者としての活動は1881年に始まった。特にワーグナー作品のイタリアでの普及に尽力し、1888年にはボローニャでワーグナーの代表的な楽劇『トリスタンとイゾルデ』のイタリア初演を指揮し、成功を収めた。また、1898年にはボローニャでチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードの交響曲第3番「アイルランド」を指揮するなど、当時のヨーロッパ大陸では非常に珍しい、イギリス音楽に焦点を当てた演奏会を行ったことでも知られる。指揮のレパートリーは幅広く、エドゥアール・ラロ、ヨハネス・ブラームス、カール・ゴルトマルクといった作曲家の作品も積極的に取り上げた。

1902年には再びナポリに戻り、王立音楽院（旧ナポリ音楽院）の院長に就任。晩年をナポリで過ごし、1909年 6月1日に53歳で死去した。彼の門下からは、後に著名な作曲家となるオットリーノ・レスピーギが輩出している。

彼の息子パオロ・マルトゥッチ（1883年生まれ）もまたピアニストとして活躍し、一時期アメリカのシンシナティ音楽院で教鞭を執った。

作品と作風

マルトゥッチは16歳で作曲を始め、その生涯を通じて、当時のイタリア音楽界で圧倒的な支配力を持っていたオペラにはほとんど手を付けず、器楽曲や歌曲の創作に専念した。これは、彼が「絶対音楽」を理想とし、声楽や劇的な要素に依存しない純粋な音楽表現を追求したためである。

彼の作風は、ワーグナーの影響よりも、むしろドイツ古典派・ロマン派、特にベートーヴェン、ロベルト・シューマン、ヨハネス・ブラームスといった作曲家の伝統に強く根ざしている。ブラームスをイタリアに紹介した一人としても知られ、その端正で構成的な音楽語法は、ブラームスからの影響を窺わせる。

主要な作品としては、2曲の交響曲（第1番ニ短調作品75、第2番ヘ長調作品81）、2曲のピアノ協奏曲（第1番ニ短調、第2番変ロ短調作品66）があり、これらはイタリア近代における重要な管弦楽作品と見なされている。その他にも、ピアノ曲、室内楽作品（ピアノ五重奏曲ハ長調作品45、ピアノ三重奏曲など）、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、オルガン・ソナタ、管弦楽伴奏による歌曲集『回想の歌』、そしてオラトリオ『サムエル』などを残している。

マルトゥッチの作品は、同時代および後世の著名な音楽家からも高い評価を受けた。指揮者アルトゥーロ・トスカニーニは繰り返しマルトゥッチの作品を演奏会プログラムに取り上げた。グスタフ・マーラーは、1911年にニューヨークで行われた彼の告別演奏会でマルトゥッチのピアノ協奏曲第2番を指揮した。また、ピアニストのアントン・ルビンシテインもこの協奏曲をレパートリーに加えていた。作曲家ジャン・フランチェスコ・マリピエロは、マルトゥッチの交響曲第2番を「オペラ以外のイタリア音楽の再生の原点」と評し、その歴史的重要性を指摘している。

マルトゥッチの音楽は、メロディーの美しさ、構築的な形式、豊かなハーモニーが特徴であり、オペラ一辺倒だったイタリア音楽界に器楽曲復興の潮流をもたらした功績は大きい。

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