ジョチ・ウルスの両翼体制

ジョチ・ウルスの左右両翼体制：青帳と白帳を巡る歴史

ジョチ・ウルスは、モンゴル帝国の創始者チンギス・カンの長男ジョチを祖とする国家です。約3世紀にわたり、右翼と左翼からなる左右両翼体制を維持していたとされています。しかし、この体制がいつ成立し、どのように機能していたのかについては、研究者の間で様々な意見があり、多くの謎が残されています。

概要

『集史』によると、ジョチには40人近い息子がおり、そのうち14人の名前が記録されています。ジョチの死後、その領地は息子たちに分割相続され、次男のバトゥがジョチの後継者となりました。長男のオルダは、バトゥがハンとなることに同意し、自らは左翼（東部）を、バトゥは右翼（西部）をそれぞれ支配することになりました。

これらの勢力は、「青帳」と「白帳」という名称で呼ばれ、現代の歴史家はそれぞれ「オルダ・ウルス」、「バトゥ・ウルス」と呼んでいます。一般的には、ジョチ・ウルスは東部の「左翼＝青帳ハン国＝オルダ・ウルス」と、西部の「右翼＝白帳ハン国＝バトゥ・ウルス」から構成されていたと考えられています。

色の組み合わせは、ユーラシア大陸の草原に住む民族に共通するもので、右翼＝西部＝白、左翼＝東部＝青という対応は、中国の四神の影響を受けているという説もあります。ただし、「白帳」と「青帳」の定義は史料や研究者によって異なるため、注意が必要です。

帳（オルダ）の色

ジョチ・ウルスの両翼を「白帳」「青帳」と呼ぶ史書で有名なのは『ムイーン史選』です。この史書では、トクタ・ハンの時代以降、ジョチ・ウルスが左右に分かれ、東部の「白帳」をノガイの子孫が、西部の「青帳」をトクタ・ハンの子孫が治めたとしています。しかし、『ムイーン史選』には君主の系譜に誤りが多く、近年では『チンギズ・ナーマ』の記述が注目されています。

『チンギズ・ナーマ』には、チンギス・カンが「金の入口の白い天幕をサイン・ハン（＝バトゥ）のために、銀の入口の青い天幕をエジェン（＝オルダ）のために、鉄の入口の灰色の天幕をシバンのために建てた」という逸話が記されています。この逸話が史実かどうかは不明ですが、『チンギズ・ナーマ』がジョチ家の末裔が治めるヒヴァ・ハン国で編纂されたことを考慮すると、王家と色の関係については正確な認識を伝えていると考えられます。

現在では、『チンギズ・ナーマ』やその他の史料に基づいて、「左翼＝青帳」、「右翼＝白帳」とする説が一般的です。

青帳（kök orda）

「青帳」は、ジョチの死後にオルダを中心とする兄弟たちが形成した、ジョチ・ウルス左翼＝オルダ・ウルスを指す名称と考えられています。「青帳」に関する記述は「白帳」に比べて少なく、『ムイーン史選』や『チンギズ・ナーマ』を除けば、ロシア年代記にわずか2度言及されているに過ぎません。

白帳（aq orda）

「白帳」は、オルダ・ウルスを形成した王子たちを除く、残りの王子たちがバトゥを長として形成したウルスを指す名称と考えられています。ただし、左翼＝オルダ・ウルスと異なり、「右翼」に属する王子たちの名前が具体的に挙げられているわけではないため、「白帳」が最初から「右翼」の呼称であったかについては議論があります。

「青帳」に比べ、「白帳」に言及する史料は多く、詩人のクトゥブがバトゥ・ウルスを指して「白帳」と呼称したのが最も古い用例です。また、トクタミシュがポーランド大公に出した勅令には、「大（ウルグ）ウルス」と記される箇所が「白帳」と訳されており、これがロシア語による最も古い表記例となっています。これらの用例から、「白帳」はバトゥ・ウルスもしくはジョチ・ウルス全体を指す用語として用いられていたと考えられます。

歴史

オルダ・ウルス＝青帳の歴史は、モンゴル高原本土や中央アジアの動向に大きく影響されました。14世紀半ばにはオルダ家が断絶し、トカ・テムルの子孫がハンの地位につくようになります。1370年代には、トカ・テムル家出身のオロス・ハンがオルダ・ウルスを再統一し、一時的にバトゥ・ウルスの首都サライを占領しました。

一方、バトゥ・ウルス＝白帳は、ヨーロッパ諸国と密接な関係を持っていました。バトゥは1230年代から1240年代にかけてヨーロッパ遠征を行い、ルーシ諸公国を間接支配下に置きました。ベルディ・ベク・ハンの治世以後、バトゥ家の王統が断絶し、「大紛乱」時代に突入します。その後、トクタミシュによってジョチ・ウルスが再統一されますが、まもなく瓦解し、バトゥ・ウルスは再び混乱期を迎えます。

白帳から分裂していった諸ハン国は、モスクワ＝ロシアによって次々と併合され、現在ではタタールスタン共和国やクリミア共和国といった形でその名残をとどめています。

右翼ウルス

ジョチ・ウルスが右翼・左翼からなる左右両翼体制であったことは事実ですが、モンゴル帝国では通常「右翼・左翼・中央からなる三極体制」が基本です。そのため、ジョチ・ウルスも本来は三極体制であったのではないかという指摘があります。

近年では、タングト・ボアル・チンバイの系統がバトゥ・ウルス/オルダ・ウルスとは別個に「右翼ウルス」を形成していたのではないかという説が提唱されています。しかし、「右翼ウルス」はトクタ・ハンによって解体され、ジョチ・ウルスは左右両翼体制へと移行したと考えられています。

まとめ

ジョチ・ウルスの左右両翼体制は、その成立から解体まで多くの謎に包まれています。史料の解釈や研究者の見解も分かれており、今後の研究によって新たな発見があるかもしれません。しかし、ジョチ・ウルスの歴史を理解する上で、この左右両翼体制は欠かせない要素であると言えるでしょう。

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