スターレス

スターレス (Starless)

「スターレス」（英: Starless）は、イギリスのプログレッシブ・ロックバンド、キング・クリムゾンが1974年に発表した7枚目のスタジオ・アルバム『レッド』のクロージングを飾る楽曲です。デビュー作『クリムゾン・キングの宮殿』以来、常に先鋭的なサウンドを追求し、度重なるメンバーチェンジを繰り返してきた1970年代のバンドの活動を締めくくるにふさわしい、壮大かつドラマティックな展開を持つ作品として知られています。

時代背景と楽曲の意義

1970年代前半は、イエスの『危機』やピンク・フロイドの『狂気』といった金字塔的作品が生まれたプログレッシブ・ロックの最盛期でした。しかし、中盤以降にパンク・ロックが勃興すると、プログレはその勢いを急速に失っていきます。本作が収録されたアルバム『レッド』がリリースされたのは、まさにその時代の転換期にあたる1974年でした。「スターレス」は、隆盛を極めたプログレッシブ・ロックというジャンルの終焉を悼むかのような雰囲気を持つことから、しばしばその「鎮魂歌」として語られることがあります。批評家からの評価も高く、アメリカの音楽メディア「ピッチフォーク」は、この曲を「キング・クリムゾンが世に送り出した楽曲の中で最も見事な一曲」と最大級の賛辞を送っています。また、イギリスの音楽誌「ラウダー・サウンド」が選出した「史上最高のプログレッシブ・ロックソング100曲」では、第9位にランクインするなど、ジャンルを代表する重要作品としての地位を確立しています。

制作秘話

アルバム『レッド』の制作は、ロバート・フリップ（ギター、メロトロン）、ジョン・ウェットン（ベース、ヴォーカル）、デヴィッド・クロス（ヴァイオリン、ヴィオラ、メロトロン）、ビル・ブルーフォード（ドラムス、パーカッション）という編成で、1974年1月よりロンドンのAIRスタジオで開始されました。楽曲のアイデアは、ベーシスト兼ヴォーカリストのジョン・ウェットンが、かつて作曲したバラード「Starless And Bible Black」をキング・クリムゾンの楽曲として発展させようと考えたことに始まります。この原題は、詩人ディラン・トマスのラジオ劇の一節から引用されたものでした。ウェットンは作詞家のリチャード・パーマー・ジェイムスと共に楽曲を練り直し、デモテープを作成しました。しかし、3月上旬のリハーサルでアコースティックギターを弾いてメンバーに披露した際、フリップとブルーフォードはそのアイデアに難色を示し、一度は録音を却下します。結局、「Starless And Bible Black」というタイトルだけがアルバムのタイトル、そして別の即興インストゥルメンタルのタイトルとして流用されることになりました。

ところが、そのわずか数日後、フリップらの要望でウェットンは再びこの曲を演奏します。すると、一度は日の目を見ないかと思われたこの曲に、フリップとクロスが持ち寄ったメロディやコード、そしてブルーフォードがピアノで練り上げたという印象的なベース・モチーフが融合。3月15日のリハーサル時には10分を超える大作へと劇的な変貌を遂げました。バンドは同月に前作『暗黒の世界』を発表した後、この楽曲を未発表の新曲として携え、精力的な欧米ツアーを敢行しました。このツアー終了後、クラシック畑出身でロックの大音量やツアーに疲弊していたクロスが脱退。フリップ、ウェットン、ブルーフォードの3人は帰国後すぐにスタジオに入り、アルバム『レッド』のレコーディングを行います。「スターレス」も収録されることになり、パーマー・ジェイムスによって歌詞の一部が改訂されたほか、冒頭のヴァイオリンパートがギターに置き換えられました。さらに、元メンバーであるイアン・マクドナルドとメル・コリンズがサクソフォーン奏者としてゲスト参加しています。アルバム『太陽と戦慄』に収録された同名のインストゥルメンタルとの混同を避けるため、曲名が「Starless」に短縮されました。

楽曲の構成

アルバム収録バージョンは12分18秒にも及び、アルバム『レッド』の中で最も長い楽曲です。全体は大きく3つのパートに分かれています。

前半: メロトロンとギターによる厳粛な主題で幕を開け、メル・コリンズによるソプラノ・サックスが絡みます。ウェットンの憂いを帯びたボーカルが乗る抒情的なセクションです。
中間部: 曲調は一変し、変則的な13/4拍子で構築されるインストゥルメンタルパートに移ります。ウェットンのベースラインから始まり、フリップの同じ音程を反復するギターフレーズ、そしてブルーフォードの予測不能なパーカッションが加わることで、異様な緊張感が徐々に高まっていきます。
後半: 再びサックス（イアン・マクドナルドによるアルト・サックス）が登場し、スピード感のあるジャジーなアンサンブルへと展開します。フリップの激しいギターソロ、ウェットンの躍動的なベースライン、ブルーフォードの超絶技巧的なドラミングが緊密に絡み合い、テンポは13/8拍子へと加速していきます。終盤では、前半のボーカルパートで歌われたメロディーが楽器で再現（リプライズ）され、メロトロンとサックスの主題と共に静かに幕を閉じます。

ライブでの演奏と後世への影響

「スターレス」は、発表後もキング・クリムゾンのライブにおける重要なレパートリーであり続けました。特に、2014年にスタートした「トリプルドラム編成」による再々結成後のライブでは、クライマックスやアンコールの定番曲として演奏されることが多くなりました。そして、彼らの歴史に幕を下ろした「最後の世界ツアー」（2021年）においても度々披露され、同年12月8日、東京・渋谷オーチャードホールで行われた事実上の世界最終公演では、アンコールの最後に演奏され、バンドの壮大な物語の掉尾を飾る楽曲となりました。

この楽曲は、その完成度の高さから様々なアーティストによってカバーされています。プログレッシブ・ロック系のミュージシャンだけでなく、作曲家クレイグ・アームストロングは弦楽四重奏を含むアレンジで「Starless II」として発表。元メンバーのイアン・ウォーレス率いるCrimson Jazz Trioはジャズアレンジを施しました。日本では、俳優の髙嶋政宏やANTHEMの柴田直人がカバーしたほか、モルゴーア・クァルテットが弦楽四重奏曲として編曲するなど、ジャンルを超えて愛されています。また、2018年公開の映画『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』のオープニングで使用されたことでも話題となりました。

参加ミュージシャン（アルバム『レッド』収録時）

ジョン・ウェットン – ボーカル、ベース
ロバート・フリップ – ギター、メロトロン
ビル・ブルーフォード – ドラムス、パーカッション

ゲスト参加:

メル・コリンズ – ソプラノ・サックス
イアン・マクドナルド – アルト・サックス
* クレジットなし – チェロ、コントラバス


「スターレス」は、キング・クリムゾンの創造性の極みを示す作品であり、プログレッシブ・ロック史におけるエポックメイキングな楽曲として、今なお多くの音楽ファンに影響を与え続けています。

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