イアン・ウォーレス

イアン・ラッセル・ウォーレス

イングランド生まれのドラマー、イアン・ラッセル・ウォーレス（Ian Russell Wallace、1946年9月29日 - 2007年2月22日）は、プログレッシブ・ロックバンド、キング・クリムゾンのドラマーとして広く知られ、その後はセッション・ミュージシャンとして多方面で活躍した人物である。

キャリアの始まり

マンチェスター近郊のベリーで育ったウォーレスは、学生時代にドラムを始め、最初のバンド「ザ・ジャガーズ」を組んだ。彼のプロとしての道は1964年、地元の若手バンド「ザ・ウォリアーズ」への加入から始まる。このバンドには、後にイエスを結成するジョン・アンダーソンの姿もあった。ザ・ウォリアーズはイギリスでシングルを発表後、ドイツやデンマークへと活動の場を移し、ライブ活動を行ったが、1967年末に解散。その後、共演経験のあった「ビッグ・サウンド」へベーシストのデヴィッド・フォスターと共に加入し、スウェーデンやデンマークを巡業した。1968年にロンドンに戻り、「The Sleepy」名義でレコーディングを行う一方、セッション・ドラマーとしても活動を開始。リトル・リチャードやサンディー・ショウといったアーティストのヨーロッパツアーをサポートした。60年代終盤にはボンゾ・ドッグ・バンドのツアーに参加し、これを機にヴィヴィアン・スタンシャルの企画シングルにキース・ムーンらと参加。BBCの番組出演を経て、1970年夏にはニール・イネス率いる「ザ・ワールド」に正式メンバーとして迎え入れられた。

キング・クリムゾンでの時代

1970年末、ウォーレスは当時居候していたキース・エマーソンからの情報で、キング・クリムゾンが新メンバーを探していることを知る。当初はボーカリストとしてオーディションを受けたが、その卓越したドラム技術がリーダーであるロバート・フリップの目に留まり、後任ドラマーとして加入が決定した。

新たなキング・クリムゾンは、フリップ、ウォーレス、ボーカルとベースのボズ・バレル、サックス等のメル・コリンズ、そして作詞のピート・シンフィールドという布陣で活動を開始。1971年にはドイツ、イギリス、アメリカ、カナダと精力的にツアーを敢行し、並行して4thアルバム『アイランズ』を制作、同年12月に発表した。ウォーレスは、『アイランズ』に収録された多様で複雑な楽曲群を、柔軟かつ力強いドラミングで支え、「レディース・オブ・ザ・ロード」ではバックコーラスも担当した。

しかし、神秘主義的な志向を持つフリップと、ブルースやソウル音楽の影響を強く受けていたウォーレス、バレル、コリンズの間で、音楽的な方向性の違いが次第に顕著になっていく。1971年末にはシンフィールドがフリップとの対立から脱退し、翌1972年初頭のリハーサルではフリップと他のメンバーとの間に決定的な溝が生まれ、バンドは解散の危機に瀕する。契約消化のため行われたアメリカツアー中、ウォーレスらはバンドの継続を望んだがフリップに拒否され、ツアーを共にしたアレクシス・コーナーと親交を深めた。このツアーの模様は、後にライブアルバム『アースバウンド』として発表された。

セッション・ミュージシャンとしての活躍

キング・クリムゾン解散後、ウォーレス、バレル、コリンズはアレクシス・コーナーと共に「スネイプ」を結成。1973年にはデビューアルバムを発表するなど活動を行ったほか、シンフィールドのソロアルバム制作にも参加した。

その後、アルヴィン・リーのバンドを経て、1975年からはセッション・ドラマーとしての活動を本格的に再開。ピーター・フランプトンのバックを務めた後、1978年にはボブ・ディランのバンドに招かれ、日本武道館公演にも参加。この時の演奏はライブアルバム『武道館』に収められた。さらにスタジオアルバム『ストリート・リーガル』でもその重厚なドラミングを披露したが、そのタイトで力強いビートは、参加ミュージシャンから「まるで警官のようだ」と評されるなど、賛否を呼んだ。

70年代以降も、ライ・クーダー、ドン・ヘンリー、ジョー・ウォルシュ、ボニー・レイット、キース・エマーソン、ロイ・オービソン、トラヴェリング・ウィルベリーズ、ジャクソン・ブラウン、エリック・クラプトン、クロスビー、スティルス&ナッシュ、ブライアン・イーノ、ティム・バックリー、リンジー・バッキンガム、スティーヴィー・ニックス、ウォーレン・ジヴォン、スティーヴ・マリオット、アル・クーパー、プロコル・ハルムといった、ロック、ブルース、AORなどジャンルを超えた数多くの著名アーティストのレコーディングやライブに参加。1994年のFIFAワールドカップ開会式での演奏にも加わった。短期間ながら、ピーター・バンクスらと「ザ・ティーバッグス」を結成した時期もあった。

晩年と逝去

2003年には、キング・クリムゾンの元メンバーが集結した「21stセンチュリー・スキッツォイド・バンド」に加入し、かつての盟友メル・コリンズと再び共演。同年には、キャリアで唯一となるソロアルバム『ハピネス・ウィズ・ミニマル・サイド・エフェクツ』を発表した。2005年には「クリムゾン・ジャズ・トリオ」を結成し、ジャズアレンジによるキング・クリムゾンの楽曲集をリリース。

また、長らく疎遠だったロバート・フリップとも連絡を取り合うようになり、彼の主宰するプロジェクトを通じて、自身のキング・クリムゾン在籍当時のライブ音源集や、過去のコレクターズ・クラブシリーズに、当時の貴重な回想を綴ったライナーノーツを寄稿した。

新たな活動に意欲を燃やしていた矢先の2006年夏、食道癌と診断される。病と闘いながら、同じ病に苦しむ人々を励ますために闘病の様子をブログで公開するなど、前向きな姿勢を見せた。手術の成功が伝えられたものの、翌2007年2月22日に容態が急変し、愛する妻に看取られながら60歳でその生涯を閉じた。

彼の死後、未亡人により癌研究のための基金が設立された。2009年には、クリムゾン・ジャズ・トリオのセカンドアルバムが追悼の意を込めて発表されている。イアン・ウォーレスは、キング・クリムゾンの歴史に名を刻みつつ、その後の長きにわたり、ジャンルや国境を越えて多くの音楽家から求められた稀代のドラマーであった。

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