スリップウェア

スリップウェア：泥漿で彩る陶器装飾の伝統と革新

スリップウェアとは、ヨーロッパを中心に世界各地で古くから制作されてきた陶器の一種です。その最大の特徴は、スリップと呼ばれる泥漿（水と粘土を混ぜ合わせたもの）を化粧土として用い、器の表面に文様を描く装飾技法にあります。近年では、日本の陶芸家たちによって伝統を受け継ぎ、新たな表現が加えられたスリップウェアが制作されています。

スリップウェアの制作工程

スリップウェアの制作は、まずスリップの準備から始まります。白い粘土や鉱石を調合したスリップを、生乾きの器の全面に地色として塗布します。その後、スポイトや筆、櫛状の道具などを用いて、様々な技法で文様を描いていきます。スポイトを用いた技法は、日本の筒描きの技法と共通しており、スリップを垂らし、流れる様子を活かした表現も可能です。

文様の描き方は多様で、スリップを細く線状に描く、櫛で引っかいて模様を作る、型押しをするなど、様々な手法が用いられます。場合によっては、スリップを数層に重ねて描くことで、奥行きのある表現も可能です。さらに、スリップを塗布後に素焼きを行い、その上に釉薬や異なる色のスリップを重ねて本焼きをする技法も用いられています。本焼きの温度は、古くは1000℃前後でしたが、現在では約1300℃の高温で焼成されることも多く、より耐久性の高い作品が制作されています。焼成後、スリップが盛り上がり、素地とは異なる色の文様が浮かび上がってくるのがスリップウェアの特徴です。また、スリップを均一に塗布して素地の荒さを隠したり、部分的に削って素地の色を出すことで模様を作る手法もあります。これは、ヨーロッパの建築装飾で用いられるズグラッフィート技法と共通するものです。

スリップウェアの歴史：古代から現代へ

スリップによる陶器装飾の歴史は古く、紀元前5000年の古代中国の彩陶や、メソポタミア文明、古代エジプト文明、インダス文明など、世界各地の先史時代の遺跡からスリップウェアの遺物が発見されています。その後、アフリカ、南北アメリカ、朝鮮半島、ミケーネ文明、古代ギリシャ、イスラム世界など、広く世界中でスリップウェアが制作されてきました。

ヨーロッパ、特に英国においても、ローマ帝国時代からスリップ装飾技法が用いられていました。ローマ時代のテラ・シギラータの装飾にも、スリップが用いられていたことが知られています。しかし、ローマ帝国の撤退後、英国の製陶技術は一時的に衰えましたが、8世紀以降、大陸から轆轤や釉薬の技術が伝来すると再び発展し、中世には建築用の陶製タイルなどにもスリップ装飾技法が用いられるようになりました。

1[[5世紀]]から16世紀にかけて、英国では食卓に陶器の器が増え、ドイツやオランダからスリップウェアが伝来しました。17世紀には、黒と黄色の組み合わせが定番となり、トーマス・トフトによる精緻な装飾が施されたトフトウェアなどが制作されました。鳥や縞、フェザーコーム、格子、動物の骨などをモチーフにした様々な文様が見られ、オーブン料理にも用いられていたようです。しかし、19世紀末には、より進んだ陶磁器技法や産業革命による大量生産品の普及に伴い、スリップウェアは衰退していきました。

日本の民藝運動とスリップウェアの復興

20世紀初頭、日本の民藝運動の勃興によって、スリップウェアは再び注目を集めることになります。柳宗悦、富本憲吉、バーナード・リーチらが、チャールズ・ロマックス著『古風な英国陶器』を通じてスリップウェアの存在を知り、その魅力に惹きつけられました。

バーナード・リーチは濱田庄司と共に英国に渡り、そこでスリップウェアの実物に触れ、その技法を学びました。濱田は、英国で収集したスリップウェアの破片や作品を日本に持ち帰り、柳宗悦や河井寛次郎らに紹介しました。これによって、スリップウェアは日本の陶芸界に大きな影響を与え、民藝運動の発展にも貢献しました。

その後、様々な陶芸家たちがスリップウェアに取り組み、独自の表現を展開しました。丹波の柴田雅章による技法の公開なども、スリップウェアの普及に大きく貢献しました。現在では、民藝運動の流れを汲む窯元や陶芸家の他、新たな世代の陶芸家たちもスリップウェア制作に取り組んでおり、伝統と革新が融合した現代のスリップウェアが誕生しています。

スリップウェアの陶芸家と窯元

ここでは、スリップウェア制作に携わってきた、または現在携わっている主な陶芸家と窯元を挙げます。

民藝運動の陶芸家

バーナード・リーチ（リーチ・ポタリー）
濱田庄司（濱田窯）
河井寛次郎

日本の陶芸家（現代）

市野茂良（丹窓窯）
舩木道忠（灘舩木／布志名舩木窯）
舩木研兒（布志名舩木窯）
武内晴二郎
福間貴士（湯町窯）
市野茂子（丹窓窯）
井上尚之（ふもと窯）
小島鉄平（てつ工房）
伊藤丈浩（益子焼）
齊藤十郎（juro pottery）
柴田雅章（丹波立杭焼）
福間琇士（湯町窯）
福間庸介（湯町窯）
藤井佐知
船越弘（益子焼）
前野直史（生畑皿山窯）
宮野さとみ
柳瀬俊一郎（沙器窯）
山田洋次（信楽焼）
山本教行（岩井窯）

海外の陶芸家

アンドリュー・マグガーバー
ペニー・シンプソン

参考文献

室伏哲郎『陶芸事典 Encyclopedia of ceramics』
みわ明 編『全国伝統やきもの 窯元事典』
陶磁郎『最新版 現代日本の陶芸家』
尾久彰三『民芸とMingei』
松原亨,カーサ ブルータス特別編集 編『器の教科書 ALL ABOUT UTSUWA』
『陶芸家 150人　2020年 現代日本の精鋭たち』
『&Premium（アンド プレミアム)）2024年12月号』
* 誠文堂新光社 編『スリップウェア Slipware 英国から日本へ受け継がれた民藝のうつわ その意匠と現代に伝わる制作技法』

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