スロベニア人・
クロアチア人・
セルビア人国(
セルビア語: Држава Словенаца, Хрвата и Срба、
クロアチア語: Država Slovenaca, Hrvata i Srba、
スロベニア語: Država Slovencev, Hrvatov in Srbov)は、第一次世界大戦末期の
1918年10月29日に、
オーストリア=ハンガリー帝国内の
南スラヴ人居住地域に成立した短命な国家です。この国は、後の
ユーゴスラビア王国の構成要素として重要な役割を果たしました。
建国の背景
この国の成立には、南スラヴ統一主義、すなわちユーゴスラヴィズムが深く関わっています。1830年代のイリリア運動から始まったこの思想は、第一次世界大戦を機に現実的な政治運動へと発展しました。
1914年、セルビア王国は、ハプスブルク領を含む全
南スラヴ人居住地域の解放と統一を戦争目的と宣言しました。一方、オーストリア帝国議会では、
南スラヴ人議員たちが結集し、帝国内の
南スラヴ人地域の統合を求める「五月宣言」を発表しました。しかし、この時点では帝国の解体は想定されておらず、ハプスブルク帝国に「三重制」の導入を求めるものでした。
また、連合国と
イタリアの間で締結された
ロンドン秘密条約によって、
イタリアがダルマツィア沿岸部を獲得することが明らかになると、南スラヴの政治リーダーたちは危機感を募らせ、セルビア王国、モンテネグロ王国、ユーゴスラヴィア・クラブ、「ユーゴスラヴィア委員会」といった政治主体が、それぞれの立場から、
南スラヴ人の統一国家の樹立を目指しました。
建国と消滅
1918年10月、ハプスブルク帝国が解体に向かう中、
ザグレブでスロベニア人、
クロアチア人、
セルビア人の民族会議が設立され、
南スラヴ人地域の最高
政府機関として機能し始めました。
10月29日には
クロアチア=
スラヴォニア=ダルマツィア三位一体王国の独立が宣言され、続いてスロベニア人、
クロアチア人、
セルビア人国の創設が表明されました。その後、
10月31日にはスロベニア議会、11月1日にはボスニアヘルツェゴビナ議会でも同様の独立宣言が承認されました。
しかし、この国は国際的な承認を得ることができず、ユーゴスラヴィア委員会との統合に関する協議も難航しました。ジュネーブ会談では、
連邦制を主張する側と集権制を主張する側との間で意見が対立し、合意に至るまでに時間を要しました。最終的に、11月27日にセルビアとの統合が決定し、
12月1日に
セルビア人・
クロアチア人・スロベニア人王国が成立、スロベニア人・
クロアチア人・
セルビア人国は消滅しました。
領域
スロベニア人・
クロアチア人・
セルビア人国は、以下の地域を領域として想定していました。
オーストリア帝国領のうち、スロベニア人が多数を占める地域(クライン、シュタイアーマルク、ケルンテンの一部)
オーストリア領ダルマツィア
ハンガリー王国領クロアチア=スラヴォニア、ヴォイヴォディナ
両国の共同統治下にあった
ボスニア・ヘルツェゴビナ
その後
スロベニア人・
クロアチア人・
セルビア人国は、短命な国家でしたが、南スラヴの統一を求める人々の強い意志を示し、後の
ユーゴスラビア王国の成立に不可欠な役割を果たしました。この国の存在は、南スラヴの
歴史における重要な一章であり、その後の
ユーゴスラビアの複雑な
歴史を理解する上で、欠かせない視点を提供しています。
周辺地域の動向
ヴォイヴォディナの
セルビア人は、独自の
政府を樹立し、セルビア王国に合流しました。また、スレムの領域もここから脱退し、セルビア王国に合流しました。
オーストリア=ハンガリー帝国海軍は、連合国に引き渡されるのを避けるために、国民評議会に譲渡されましたが、
イタリア王国
海軍によって攻撃され、瓦解しました。
参考文献
材木和雄「「スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人の国家」の成立と崩壊:1918年のもう一つの南スラヴ人統一国家について」『社会文化研究』(広島大学総合科学部紀要Ⅱ)29号、2003年、1-62ページ。
柴宜弘「新生国家ユーゴスラヴィアと日本:両国交流の黎明期を中心に」『中欧研究:
城西大学中欧研究所 E-ジャーナル』5号、2020年、1-21ページ。
柴宜弘『ユーゴスラヴィア現代史(新版)』岩波書店〈岩波新書〉、2021年。
Trifunovska, Snežana, ed., Yugoslavia through Documents: From its Creation to its Dissolution, Dordrecht/Boston/London: Martinus Nijhoff Pub., 1994.
Banac, Ivo, The National Question in Yugoslavia: Origins, History, Politics, Ithaca: Cornell U. P., 1984.
Goldstein, Ivo, Croatia: A History, 2nd imp, McGill-Queen's U. P., 2001.