ソソウ神

ソソウ神とは

ソソウ神（そそうのかみ、そそうしん）は、長野県にある諏訪大社上社で、中世に行われていた冬の神事において、3つの蛇体を依り代とする神霊を指す言葉です。上社に仕えた守矢氏の古文書では「そゝう神」と表記されています。同じく中世の上社の神事に登場するミシャグジ（御左口神）と関連があり、現代の研究者の著書ではこれと混同されることもあります。

概要

中世の諏訪郡では、旧暦12月になると、人々が奉仕して諏訪上社の摂社である前宮社（現在の諏訪大社上社前宮、茅野市）がある神原（ごうばら）に、御室（みむろ）と呼ばれる広大な竪穴建物を作りました。そこに上社の最高神官である大祝（おおほうり）をはじめとする神職が参籠し、穴巣始（あなすはじめ）という儀式を始めます。大祝たちは、この御室が撤去される3月中旬まで、その中で神事を行いました。

『諏方大明神画詞』（1356年）によると、大祝たちが12月22日に御室に入ると、「第一の御体」が入れられます。これは、冬と春の神事で重要な役割を果たす御左口神（ミシャグジ）と呼ばれる、上社の祭神である諏訪大明神の眷属ともされる神霊（精霊）です。23日には、上社信仰圏の3区分である内県（うちあがた）・外県（そとあがた）・大県（おおあがた）から1体ずつ納められた、茅（カヤ）製の3つの小型蛇体が御室の中に入れられます。この小蛇には、飾りの麻と紙が着けられ、神霊が込められてご神体とされます。

24日の夜（大巳祭）には、御室の中の特別な神座である「萩組（はぎくみ）の座」へ、前宮社から移された御左口神を依り憑けた笹が左から、そして「御正体」（上記の3体の小蛇）が右から安置されます。「萩組の座」に入れられた笹と蛇形は、3月まで御室の中に置かれます。「萩組の座」の中で何が行われたのかははっきりしていませんが、大祝が笹を持ちながら祝詞を唱えたようです。また、蛇体は中でいびきをかいて眠ると伝えられていました。

25日の大夜明祭には、「御身体」または「ムサテ」と呼ばれる、茅とハンノキの枝で作られた長さ5丈5尺（約16m）、太さ1尺5寸（70cm）の蛇体3体と、「又折（またおり）」と呼ばれるものが御室に入れられ、小蛇と同様に神霊が込められます。つまり、大小の蛇体が各々3体ずつ、2日間を隔てて入れられていることになります。田中基は、これを小蛇が冬眠に入り、御左口神の神力によって一夜のうちに大蛇に急成長する様、すなわち「神霊の増殖」を表していると解釈しています。田中の説では、小蛇は大地のエネルギー（生命力）を象徴し、小蛇が御左口神の力で大蛇に変身するのは、生命の再生と繁殖を表しているとされています。大蛇3体を歓迎する二十番舞が徹夜で演じられ、夜明けまで宴が行われました。

12月22日の神事、23日の神事、25日の神事と二十番の舞、さらに3月末日の神事の際に何度も繰り返される「申し立て」（祝詞）には、この大小の蛇体を「そゝう神」と称し、その出現の様子が次のように記されています。

「道」の「口・中・尻」に「そゝう神」が現れたので、喜んで仕えるという内容の祝詞です。上社神域の北限である有賀（現在の諏訪市豊田）にある「こしき原」、その次に真志野（現在の諏訪市湖南）、そして大祝が住む館・神殿（ごうどの）の入り口付近にある所政社（所末戸社）が、その出現の場所として特定されています。これは、諏訪湖の方角から神原（前宮）まで水平に現れるという性質を持つと考えられます。

宮地直一は、この一連の神事を、諏訪大明神を蛇（龍）とする説の根拠としていました。

御室に関連する神事は中世以降に廃れてしまい、現在は行われていません。現在では、前宮の境内の一角に、御室を記念する御室社（上社下十三所第8番）が建てられています。

「そそう神」の正体

「そゝう神」とは何なのかについては、以下の説が挙げられていますが、これらは互いに排他的なものではありません。

女性的精霊説

女性器は「そそ」とも呼ばれることから、「そゝう神」は諏訪湖の方より水平的に訪れる女性的精霊と解釈され、上空から降りてくる御左口神（ここでは男性的精霊とされる）と対照的な存在とされています。この説では、御室は大地の子宮を表し、その中に笹の付いた御左口神と「そゝう神」を象徴する蛇形が入れられるのは、この2つの精霊の「聖婚」を表しているとされます。そして、それに参籠する大祝や、神使（おこう）と呼ばれる大祝の代理を務める童男たちは、御左口神と「そゝう神」の性交で生まれる聖なる子供であると解釈されます。（在職中の大祝は、諏訪大明神の神体、つまり現人神として信仰の対象とされていました。）12月25日に演じられた神楽歌（「総領申す」）がかなり淫猥な表現になっていることから、御室神事が性的な意味を持っていたと考えられます。

祖霊神説

この説によると、「そゝう神」は「祖宗（そそう）神」、すなわち大祝の祖霊神を指すとされます。ここでは、御室神事は他界（根の国）からやって来る龍蛇の姿を持った祖霊神が、御室に籠ることによって衰えた生命力（＝御左口神）を増殖させることを意味すると解釈されています。また、これによれば冬の御神渡りは本来、龍蛇体の祖霊神の出現の証として見られたといいます。田中基は、この「祖霊神」を、「一族の始祖が神格化されたものという程度のものではなく、生命が水から生まれて上陸してくる、系統発生的な縄文の生命観に基づいた神体」を意味していると解釈していました。

参考文献

北沢房子『諏訪の神さまが気になるの』信濃毎日新聞社、2020年。ISBN 978-4-7840-7354-2。
スワニミズム 編『スワニミズム 第3号 特集：ミシャグジ再起動』2017年。
古部族研究会 編『古諏訪の祭祀と氏族』人間社〈日本原初考 2〉、2017年。ISBN 978-4-908-62716-3。
古部族研究会 編『古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究』人間社〈日本原初考 1〉、2017年。ISBN 978-4-908-62715-6。
古部族研究会 編『諏訪信仰の発生と展開』人間社〈日本原初考 3〉、2018年。ISBN 978-4-908-62717-0。
諏訪市史編纂委員会 編『諏訪市史 上巻 (原始・古代・中世)』諏訪市、1995年。 NCID BN02906048。
寺田鎮子、鷲尾徹太『諏訪明神―カミ信仰の原像』岩田書店、2010年。ISBN 978-4-8729-4608-6。
宮地直一『諏訪史 第2巻 後編』信濃教育会諏訪部会、1937年。

関連項目

建御名方神
諏訪大社
諏訪氏
ミシャグジ
神長官守矢史料館
ヘビ#信仰

外部リンク

文書
諏訪大明神絵詞（『信濃史料叢書 第3巻』収録、神長本のテキスト含む）
諏訪社上社年内神事次第旧記（『信濃史料 巻11』収録）
諏訪大明神神秘御本事大事（守矢満実 著、『諏訪史料叢書 巻30』収録）
神長官守矢家文書目録(PDF, 2.5 MiB)
その他
* ドキュメンタリー映画『鹿の国』公式サイト

もう一度検索