タチアナ・ニコラーエワ

タチアナ・ペトロヴナ・ニコラーエワ

生没年: 1924年5月4日 - 1993年11月22日
出身: ロシア（旧ソ連）、ブリャンスク県ベジツァ
職業: ピアニスト、音楽教師、作曲家

旧ソビエト連邦が輩出した最も重要なピアニストの一人であり、卓越した音楽教師、そして作曲家でもあったタチアナ・ペトロヴナ・ニコラーエワは、特にJ.S.バッハの鍵盤作品の解釈者として世界的に知られています。彼女の芸術は、ロシアの伝統的な深い精神性と、精密かつ明晰なバッハ演奏様式が見事に融合したものであり、後世に多大な影響を与えました。

幼少期と教育

タチアナ・ニコラーエワは、1924年5月4日、現在のロシアにあたるブリャンスク県ベジツァに生を受けました。幼い頃から音楽に類稀なる才能を示し、わずか3歳でピアノに触れ、その音楽の道を歩み始めます。後に、ソビエト音楽界の中心的存在であるモスクワ音楽院に入学。ここでは、高名なピアニスト兼教育者であるアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル氏と作曲家エフゲニー・ゴルベフ氏のもとで研鑽を積み、多角的な音楽家としての基礎を築きました。1948年に同音楽院のピアノ科を卒業、音楽家としての本格的なキャリアをスタートさせます。

バッハとの出会いとショスタコーヴィチとの絆

彼女のキャリアにおける決定的な転機は、1950年に東ドイツのライプツィヒで開催されたヨハン・ゼバスティアン・バッハ国際コンクールでした。これはバッハ没後200年を記念して催されたもので、ニコラーエワはピアニスト部門で優勝という輝かしい成果を収めます。このコンクールには、ソビエトを代表する作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチも審査員として出席しており、彼女の深く精神的なバッハ演奏に強い感銘を受けました。この出会いが、二人の間に生涯にわたる深い友情と芸術的な協力関係を築く契機となります。ショスタコーヴィチは、ニコラーエワのバッハ演奏から霊感を得て、自身の傑作である《24の前奏曲とフーガ》作品87を作曲。この記念碑的な作品は、彼女に献呈されました。ニコラーエワはこの作品の初演者となり、その後も繰り返し演奏・録音を行い、その普及に大きく貢献しました。

教育者としての貢献

演奏活動と並行して、ニコラーエワは教育者としても重要な役割を果たしました。1959年には母校であるモスクワ音楽院の講師に就任し、1965年には教授へと昇進。長年にわたり、多くの若いピアニストを育成し、自身の持つ豊かな音楽的知識と技術を惜しみなく伝授しました。彼女のもとで学んだ弟子たちの中には、国際的に活躍する者も多くいます。

録音活動と国際的な評価

ピアニストとして、ニコラーエワは生涯で50点を超える録音を残しました。その中でも特に、バッハの《平均律クラヴィーア曲集》や前述のショスタコーヴィチ《24の前奏曲とフーガ》といった大規模な鍵盤作品の全曲録音は、彼女の代表的な業績として高く評価されています。長らくソビエト国内を中心に活動していましたが、ソビエト連邦の崩壊後は、その卓越した演奏に対する国際的な評価が急速に高まり、欧米各地から招聘を受けて活発な演奏旅行を行いました。1991年にイギリスで制作された、ショスタコーヴィチ《24の前奏曲とフーガ》の3度目の全曲録音は、その芸術的な完成度が絶賛され、権威あるグラモフォン賞器楽曲部門を受賞するなど、晩年になって国際的な栄誉に輝きました。

作曲家として

彼女はまた、作曲家としての顔も持っていました。主にピアノ作品を中心に創作を行い、特にピアノを始めたばかりの子どもたちや入門者が楽しみながら学べるような平易な小品を数多く残しています。その一方で、コンサートで演奏されるような規模の大きな作品も手掛けており、多才ぶりを示しました。

主要な作曲作品として、以下のものが挙げられます。

ピアノ協奏曲 ロ長調 作品10: この作品は、作曲者自身がピアノを演奏し、キリル・コンドラシンが指揮する録音が1951年に制作されています。楽譜も1958年に出版され、彼女の作曲家としての代表作の一つと見なされています。
ピアノ、フルート、ヴィオラのための三重奏曲 作品18: この室内楽作品は、スウェーデンのレーベルであるBISから音源がリリースされており、その美しい響きを聴くことができます。
弦楽四重奏曲
* ピアノのための前奏曲

突然の死

国際的な活動の最中にあった1993年11月13日、サンフランシスコのハープスト劇場で、献呈者であるショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》の演奏会を行いました。この記念碑的な演奏を終えた直後、彼女は突然脳内出血に見舞われ、意識不明の重体に陥りました。そのまま意識が回復することなく、懸命な治療の甲斐なく9日後の11月22日、69歳でこの世を去りました。その死は、世界の音楽界に大きな衝撃と悲しみをもたらしました。タチアナ・ニコラーエワの遺灰は、多くのロシアの著名人が眠るモスクワのノヴォデヴィチ墓地に葬られています。

彼女の残したバッハやショスタコーヴィチの録音、そして後進の育成という功績は、今なお色褪せることなく、多くの人々に影響を与え続けています。

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