アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル

アレクサンドル・ボリソヴィチ・ゴリデンヴェイゼル

アレクサンドル・ボリソヴィチ・ゴリデンヴェイゼル（ロシア語: Алекса́ндр Бори́сович Гольденве́йзер、1875年2月26日 - 1961年11月26日）は、現在のモルドバにあたるベッサラビアに生まれ、ロシア音楽界で活動したユダヤ系のピアニスト、音楽教育者、そして作曲家です。彼は生涯を通じてロシア（後にソビエト連邦）の音楽界に深く関わり、特に教育者として後世に多大な影響を与えました。

音楽教育とそのキャリア

ゴリデンヴェイゼルはモスクワ音楽院で専門的な音楽教育を受けました。ピアノは著名なアレクサンドル・ジロティとパヴェル・パプストに師事。作曲の分野では、セルゲイ・タネーエフ、アントン・アレンスキー、そしてミハイル・イッポリトフ＝イヴァーノフという錚々たる顔ぶれから指導を受けました。これらの師事歴は、彼のピアニストおよび作曲家としての確固たる基礎を形成しました。

音楽院を卒業後、彼は教育者としての道を歩み始めます。1904年からはフィルハーモニー協会附属学園で教鞭を執り、1906年には母校であるモスクワ音楽院の教授に就任しました。音楽院では指導者としての手腕を高く評価され、1922年から1924年にかけて、そして再び1939年から1942年にかけての二度にわたり院長という重責を担いました。彼の指導の下からは、サムイル・フェインベルク、グリゴリー・ギンズブルク、タチアナ・ニコラーエワ、ラザーリ・ベルマン、ニコライ・カプースチンといった、後に国際的に活躍する優れたピアニストが数多く育ちました。これは、彼が単なる演奏家にとどまらず、次世代の音楽家育成にどれほど貢献したかを示す証と言えるでしょう。

作曲活動

ゴリデンヴェイゼルはピアニスト、教育者として知られる一方で、作曲家としても活動しました。彼の作品には、3つの歌劇、2つの管弦楽組曲、標題音楽である《ダンテ序曲》、そして革命記念カンタータといった大規模なものが含まれます。室内楽の分野では、弦楽四重奏曲やピアノ三重奏曲を残しており、特にピアノ三重奏曲は友人で同僚であったセルゲイ・ラフマニノフの追悼に捧げられています。この三重奏曲は、ヴァイオリニストのレオニード・コーガン、チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチという伝説的な演奏家と共に録音を残しており、彼の作品の中でも特筆すべき存在です。その他にも、ピアノ・ソナタや単一のフーガといったピアノ作品も作曲しています。

演奏スタイル

彼のピアニストとしてのスタイルは、同時代のヴラディーミル・ソフロニツキーのようなスクリャービン派の演奏家とは対照的な特徴を持っていました。ソフロニツキーが軽やかなタッチ、自由なリズム感覚、そして幽玄な音色を特色としたのに対し、ゴリデンヴェイゼルの演奏はより硬質なタッチとイン・テンポを基調とした安定したリズム感がありました。テンポ設定はやや遅めであることが多く、旋律線を豊かに、そして感情を込めて歌い上げる傾向が見られました。これらの特徴から、彼の演奏様式は同じくロシアの巨匠であるラフマニノフのスタイルに近いと評されることがあります。また、彼はアレクサンドル・スクリャービンの初期の重要なピアノ作品である《幻想曲ロ短調》作品28の初演者としても音楽史に名を残しています。

その他の活動と文化人として

ゴリデンヴェイゼルは、音楽活動以外でも重要な役割を果たしています。第1回チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門では審査員長を務め、若きアメリカ人ピアニスト、ヴァン・クライバーンのラフマニノフ作品の演奏について、「作曲者自身の演奏様式を思い起こさせた」と高く評価し、その優勝を後押ししました。

さらに、彼は文豪レフ・トルストイと晩年に非常に親しく交流したことでも知られています。ゴリデンヴェイゼルはトルストイの最期を看取った一人であり、その貴重な交流の日々を綴った回想録も執筆しています。この回想録は、トルストイ晩年の姿を知る上で貴重な資料となっており、ゴリデンヴェイゼルが単なる音楽家にとどまらない、幅広い文化人であったことを示しています。

教育者として多くの巨匠を育て、作曲家としても活動し、自身の演奏スタイルで多くの聴衆を魅了したアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルは、ロシア音楽史において多角的な貢献を果たした重要な人物です。

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