ダキア戦争 (1世紀)

ドミティアヌス帝時代のダキア戦争

ドミティアヌス帝時代のダキア戦争は、86年から88年にかけて、ローマ帝国のモエシア属州にダキア王国が侵攻したことから始まりました。この戦いにおいて、ローマ帝国は2個軍団を失うという苦杯をなめ、ドミティアヌス帝は帝国内の問題も重なり、ダキア人を完全に抑え込むことができず、不利な条件での和平を余儀なくされました。しかし、この戦いを教訓に、トラヤヌス帝が後にダキアに侵攻し、これを征服することになるのです。

ダキア人の侵攻

85年末から86年初頭にかけて、ダキア王ドゥラスがドナウ川下流に位置するローマ帝国の属州モエシアに侵攻を開始しました。実際に遠征軍を率いたのはディウルパネウスという人物で、後のダキア王デケバルスと同一人物であるという説もありますが、定かではありません。この奇襲により、モエシア総督オッピウス・サビヌスと彼が率いる1個軍団（おそらく第5軍団アラウダエ）は全滅するという大打撃を受けました。

この事態を受け、皇帝ドミティアヌスは親衛隊長官コルネリウス・フスクスと共に自らモエシアへ赴き、この属州をモエシア・インフェリオルとモエシア・スペリオルに分割し、ダキアへの反撃を計画します。失われた軍団の穴を埋め、さらに防備を固めるため、ダルマティアから第4軍団フラウィア・フェリクスが、西方からは第1軍団と第2軍団アディウトリクスがモエシアに呼び寄せられました。また、ダキア方面の戦線での指揮系統を統一するため、シルミウム市はモエシア・スペリオルに編入されました。

この次に起きた事態については、歴史家の間で記録が分かれています。A. Mócsyは、ドミティアヌスは軍の指揮をフスクスに任せてその年のうちにローマへ帰還し、フスクスがモエシアから侵入者を一掃したと主張しています。一方、E. T. SalmonやM. Bunsonは、ドミティアヌス自身が軍を率いてダキア人に勝利し、ローマに凱旋したと記録しています。

コルネリウス・フスクスの敗北

86年、勢いに乗るコルネリウス・フスクスはドナウ川を渡ってダキア領内へ侵攻しましたが、逆に奇襲を受け、軍団は壊滅、フスクス自身も戦死するという大敗を喫しました。

I. Grumeazaは、この戦いの後、ディウルパネウスが「デケバルス」の名を与えられたとしています。その名は「10人の野蛮人に匹敵するほど強い」という意味を持つとされています。

和平

フスクス戦死後の戦争の経緯は詳しい記録が残っておらず、不明な点が多くあります。スエトニウスは「何度かの（ダキア人との）戦いで成功へと向かった」と述べていますが、ゲルマニア・スペリオルのローマ軍司令官ルキウス・アントニウス・サトゥルニヌスが反乱を起こし、さらにヤシゲ族、マルコマンニ族、クアディ族がダキア人との戦争への協力を拒否する事態が発生しました。ドミティアヌスはダキアから和平を打診してきた密使を殺害してダキア人を攻撃した後、ライン川のゲルマニア戦線へ向かいましたが、敗北を喫してパンノニアへ逃げ帰りました。これにより、ローマ帝国はダキア方面での攻勢を断念せざるを得なくなりました。そこで、ダキア王デケバルスはローマとの和平交渉のため、兄弟のディエギスに全権を与えて派遣しました。最終的に結ばれた条約では、デケバルスはローマ人捕虜を返還する代わりに、ローマ人技術者を借りて防衛設備の整備を行い、毎年800万セステルティウスをローマから受け取ること、そしてデケバルスはローマに従属する王として承認されることが定められました。

その後

ドミティアヌスの治世の間、ダキアは表面上はローマの平和的な従属国となりました。しかし、デケバルスはローマから得た賠償金を防衛のための要塞建設に費やしました。ドミティアヌスはダキアとの再戦を望み、シリアからモエシア・スペリオルへ2個騎兵大隊を、パンノニアから5個歩兵大隊を移動させました。しかし、この計画は彼の暗殺によって頓挫しました。その後、トラヤヌス帝がドミティアヌスのダキア政策を引き継ぎ、さらに2個大隊をモエシア・スペリオルのアウクシリアに加え、ダキア征服へと乗り出すことになります。

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