ツチクジラ属

ツチクジラ属（Berardius）

ツチクジラ属は、クジラ目ハクジラ亜目アカボウクジラ科に分類される属の一つで、ミナミツチクジラ、ツチクジラ、クロツチクジラの3種が含まれます。

呼称の由来

和名の「ツチ」は、頭部の形が稲藁を叩く槌に似ていることに由来します。属名の「Berardius」は、ミナミツチクジラの頭蓋骨を運んだ船長、オーギュスト・ベラールとスペンサー・フラトン・ベアードにちなんでいます。ミナミツチクジラの種小名「arnuxii」と英名「Arnoux's」は、同船の船医アルヌーに由来し、ツチクジラの種小名「bairdii」と英名「Baird's」は、鳥類・魚類学者スペンサー・フラトン・ベアードにちなみます。クロツチクジラの英名は、発見に貢献した佐藤晴子氏に因み、種小名「minimus」は「最小の」という意味です。クロツチクジラは、新種として認定される以前は「カラス」や「クロツチ」などの名で知られていました。

分類

ツチクジラ属（Berardius）には以下の3種が属します。

ミナミツチクジラ（南槌鯨、Arnoux's Beaked Whale、Berardius arnuxii）
ツチクジラ（槌鯨、Baird's Beaked Whale / North Pacific Bottlenose Whale, Berardius bairdii）
クロツチクジラ (黒槌鯨、Sato's Beaked Whale、Berardius minimus）

ミナミツチクジラとツチクジラは非常に似ており、一部の動物学者は同一種が変異したと唱えています。ミナミツチクジラは1851年に、ツチクジラは1883年に新種として報告されました。クロツチクジラは2019年に新種として報告されましたが、ソ連時代から「オホーツク海のキタトックリクジラ」として知られていた可能性もあります。

形態

ツチクジラ属はアカボウクジラ科の中で最も大型で、ハクジラ全体ではマッコウクジラに次ぐ大きさです。ミナミツチクジラの最大体長は12m程度、ツチクジラは12mから13mに達します。両種とも比較的長い口吻を持ち、下顎が上顎より長く、口を閉じても下の前歯が見えます。頭部のメロンは大きく膨らみ、体型は細長く、胴回りは体長の約50%です。

体色は灰色から黒で、個体差があります。胸びれと背びれは小さく丸みを帯びています。全身には白い引っかき傷があり、これは年齢と共に増えます。ミナミツチクジラとツチクジラの外見は非常に似ていますが、クロツチクジラは体色が黒いため容易に判別できます。体の大きさは、クロツチクジラが6〜7mと小型で、ミナミツチクジラはツチクジラよりわずかに小さいです。

生息域

ミナミツチクジラとツチクジラの生息域は完全に分かれており、両種とも深海性ですが、海底渓谷が陸地に迫る地域では沿岸でも観察されることがあります。

ミナミツチクジラは南極海に生息し、ニュージーランドやオーストラリアの沿岸への座礁も多いです。南緯34度以南の幅広い海域に分布しています。ツチクジラは北太平洋、日本海、オホーツク海などに生息し、大陸棚の端に近い沿岸域を好みます。北限はベーリング海、南限はバハ・カリフォルニア半島（東側）と伊豆半島（西側）ですが、隠岐や朝鮮半島などでも記録があります。日本列島の沿岸部では個体数が減少している地域もありますが、北海道や佐渡海峡などでは現在も回遊が見られます。

クロツチクジラは、アラスカ、アリューシャン列島、サハリンなどで確認されていますが、根室海峡が特に観察例が多い地域です。

生息数

ミナミツチクジラの全生息数は不明ですが、ツチクジラの生息数は3万頭以上と推定されています。

生態

ミナミツチクジラの生態はほとんど不明ですが、ツチクジラに類似していると考えられています。ツチクジラは通常3～10頭の群れで行動し、稀に50頭程度の群れが観察されます。主な餌は魚類や頭足類で、1000m近くまで潜水し、深海性のイカなどを捕食します。ブリーチング、スパイホッピング、ペックスラップなどの行動も観察されます。コマンドルスキー諸島には、浅い沿岸水域に生息する特異な個体群が存在します。

人間との関わり

ツチクジラとミナミツチクジラは、IUCNレッドリストで「低リスク-保全対策依存」に分類されています。捕鯨、混獲、船舶との衝突、気候変動などの脅威に直面しています。両種ともボン条約の保護対象ですが、日本では現在も商業捕鯨の対象です。

捕鯨

ミナミツチクジラは捕鯨対象となったことはありませんが、ツチクジラは20世紀に主に日本で捕鯨されてきました。日本は1986年までに約4,000頭を捕獲し、現在も自主規制に従い捕獲しています。ツチクジラの肉は日本市場で流通しており、ミンククジラより多いです。ツチクジラの体内には微量の水銀が含まれているため、妊婦は摂取量に注意が必要です。

日本のツチクジラ捕鯨の推移

17世紀頃 - 明治初頭：手投げ銛による小規模な捕鯨
第二次世界大戦後：小型捕鯨船による商業捕鯨活発
1983年：年間40頭までの自主規制
1990年：年間54頭までの自主規制
1999年：日本海における捕獲頭数を年間8頭までに自主規制（合計62頭）

ホエールウォッチング

ツチクジラは、オホーツク海や北海道を中心にホエールウォッチングの対象となることがあります。ミナミツチクジラは観察例が少なく、商業ツアーの対象にはなっていません。クロツチクジラは、網走市や知床半島でホエールウォッチングの際に観察できます。

その他

日本周辺では、漁網への混獲や、高速船との衝突が懸念されています。

脚注

注釈

出典

参考文献

Teikyo Kasuya, Giant Beaked Whales in the Encyclopedia of Marine Mammals, pp. 519-522 (1998). ISBN 0125513402
Reeves et al., National Audubon Society Guide to Marine Mammals of the World (2002). ISBN 0375411410.
Carwardine, Whales, Dolphins and Porpoises (1995). ISBN 0751327816
McCann, "A study of the genus Berardius," Sci. Rep. Whales Res. Inst., Vol. 27, pp. 111-137 (1975).
www.monteraybaywhalewatch.com ツチクジラの写真（英文）
www.cetacean.org 学名・英名の由来（英文、リンク切れ）
木白、"ツチクジラ" 日本の捕獲頭数
海棲哺乳類図鑑「ミナミツチクジラ」 国立科学博物館 動物研究部
* 海棲哺乳類図鑑「ツチクジラ」 国立科学博物館 動物研究部

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