テミス (衛星)

幻の土星衛星テミス

テミス（Themis）は、20世紀初頭にウィリアム・ヘンリー・ピッカリングによって存在が発表されたものの、実際には存在しなかった土星の衛星です。ピッカリングは、1904年に撮影された複数の写真乾板に、未発見の衛星らしき天体が写っているのを発見し、これをギリシア神話の女神テミスにちなんで命名しました。1905年には、土星の10番目の衛星として発表されましたが、後にこの発見は観測ミスであったことが判明しました。

ピッカリングによるテミスの発見

ピッカリングは、1904年4月17日から7月8日の間に撮影された13枚の写真乾板の中に、未知の天体が写っていることを確認しました。彼はこの天体を土星の衛星であると結論付け、ギリシア神話に登場する掟の女神テミスにちなんで「テミス」と名付け、1905年4月28日に土星の10番目の衛星として発表しました。この発表は、当時大きな注目を集めましたが、その後の観測によってテミスは実際には存在しないことが明らかになりました。

テミスの軌道と物理的特徴（推定）

ピッカリングの計算によると、テミスの公転軌道は黄道面に対して39.1°と大きく傾いており、離心率も0.23と大きな楕円軌道を描いていました。長径は1,457,000km、公転周期は20.85日と推定されました。また、ピッカリングはテミスの直径を約61kmと見積もっていました。これらの数値は、実際には存在しない天体の推定値であり、現在の観測データとは大きく異なります。

ピッカリングの他の発見と受賞

ピッカリングは、テミスの発表以前にも土星の衛星フェーベを発見しており、1906年には「土星の9番目、10番目の衛星の発見」によってフランス科学アカデミーからラランド賞を受賞しています。しかし、テミスが実際には存在しなかったことから、この賞は後に再評価されるべきかもしれません。ピッカリングの観測能力は高く評価されるべきですが、その結論には誤りがあったという事実も考慮する必要があります。

幻の衛星と実際の発見

土星の衛星で実際に10番目に発見されたのは、1966年に発見され、1980年に確認されたヤヌスでした。ヤヌスの公転軌道は、ピッカリングが計算したテミスの公転軌道とは大きく異なっており、両者の関連性はありません。テミスが幻の衛星であったことが、改めて裏付けられました。

その他の「テミス」

また、「テミス」という名前は、小惑星「(24)テミス」にも付けられています。土星の衛星として存在しなかったテミスとは異なり、この小惑星は実在する天体です。さらに、過去にはヘルマン・ゴルトシュミットもタイタンとヒペリオンの間に9番目の衛星を発見したと発表し、「キロン」と命名しましたが、これも誤りでした。キロンの名前は、後に小惑星に付けられました。

まとめ

テミスは、天文学の歴史における興味深い事例です。科学的探求の過程において、観測ミスや誤解が生じる可能性があることを示しています。ピッカリングの観測は、当時の技術水準では限界があったものの、その情熱と探求心は称賛されるべきでしょう。テミスは、幻の衛星として、天文学の歴史に名を残すことになりました。

関連項目

仮説上の天体

外部リンク

Harvard College Observatory Bulletin No. 189, p.1 (April 1905)
Annals of Harvard College Observatory, vol. 53, no. 9, pp. 173-185 (1905)
AnHar 53 (1905) 173
AnHar 61 (1908) 86
Obs 28 (1905) 12:433
PASP 18 (1906) 96
Obs 31 (1908) 8:295
MNRAS 69 (1909) 215
Obs 32 (1909) 3:79

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