ディカ・ニューリン

ディカ・ニューリン

ディカ・ニューリン（Dika Newlin, 1923年11月22日 - 2006年7月22日）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活動したアメリカの作曲家、ピアニスト、音楽学者、大学教授、そして異色のパンクロック歌手である。非凡な才能を持ち、わずか22歳でコロンビア大学から音楽学で初めての博士号を取得したことでも知られる。特に、著名な作曲家アーノルド・シェーンベルクの最後の弟子の一人として、その研究と作品紹介に生涯を捧げた一方、晩年には常識を覆すようなパンクロッカーとして突如登場し、音楽界に鮮烈な印象を残した。

幼少期と才能の開花

オレゴン州ポートランドに生まれた彼女の名前「ディカ」は、古代ギリシャの詩人サッフォーの作品に登場するアマゾンに由来し、母親によって名付けられた。両親は学者であり、一家は後に父親のミシガン州立大学での教職のためにミシガン州イーストランシングへ移住する。音楽家ではなかった両親に対し、祖母はピアノ教師、叔父は作曲家であり、幼いニューリンの音楽的環境を支えた。

ニューリンは幼少期から並外れた知性と才能を示し、3歳で辞書を読み、6歳でアーサー・ファーウェルにピアノの手ほどきを受けた。ファーウェルは彼女の作曲の才を見抜き、わずか8歳で書かれた管弦楽曲「子守歌」は、シンシナティ交響楽団の指揮者ウラディーミル・バカレイニコフのレパートリーに加わり、3年後に同楽団によって初演された。さらに数年後の1941年には、ニューヨークで天才少年ロリン・マゼールの指揮により、NBC交響楽団のサマーコンサートでも演奏されている。バカレイニコフは彼女の才能に感銘を受け、当時の現代音楽の巨匠、アーノルド・シェーンベルクのもとで学ぶよう強く勧め、その両親に即刻カリフォルニアへ向かうよう促したと伝えられている。

異例の経歴と学術的偉業

ニューリンの学業は非常に早く進んだ。5歳で小学校に入学し、8歳で卒業。12歳で高校を終え、両親が教鞭をとるミシガン州立大学に入学した。大学3年時には、シェーンベルクが教えていたカリフォルニア大学ロサンゼルス校（UCLA）に留学し、念願の師事を受ける。1939年にミシガン州立大学に戻り、16歳でフランス文学の学位を取得して卒業。その後再びシェーンベルクに師事するためロサンゼルスに戻ったが、まだ若年であったため母親が同伴した。

シェーンベルクを「アーノルドおじさん」と親しみを込めて呼んだニューリンは、師との交流を日記に克明に記した。この日記は後に『思い出のシェーンベルク：日記と回想 (1938-76)』として1980年に出版され、シェーンベルク研究の貴重な資料となっている。日記には、彼女の弦楽四重奏曲に対するシェーンベルクの辛辣ながらも的確な批評などが綴られている。

1941年には修士課程を修了し、コロンビア大学で博士課程へ進学。そこでロジャー・セッションズ、アルトゥール・シュナーベル、ルドルフ・ゼルキンといった著名な音楽家や学者に学んだ。そして1945年、22歳という異例の若さで、同大学の音楽学における初の博士号を取得した。博士論文は1947年に『ブルックナー、マーラー、シェーンベルク』として出版され、その後の音楽学研究に大きな影響を与えた。増補改訂版も1978年に刊行されている。指導教授であったポール・ヘンリー・ラングは、ニューリンの研究の客観性を高く評価した。

教授、研究者、そして音楽家として

博士号取得後、ニューリンはマクダニエル大学やシラキューズ大学で教鞭をとった。1949年と1950年の夏には再びシェーンベルクのもとを訪れ、共に研究に励んだ。シェーンベルクの伝記執筆を目指し、フルブライト奨学金を得てウィーンに留学。約1年間をウィーンで過ごし、パリでも演奏会やアメリカ音楽に関する講義を行ったほか、トーマス・マンの息子であるヴァイオリニスト、ミヒャエル・マンとのレコーディングも行った。1952年にはザルツブルクで開催された国際現代音楽祭で、自作の『ピアノ・トリオ作品2』を自身がピアノを演奏して初演している。

帰国後、ドルー大学に音楽学部を設立し、1965年まで教鞭をとった。その後、北テキサス大学を経て、モントクレア州立大学では電子音楽研究所を率いた。1976年に大学を辞し、2年間を執筆と作曲に専念した後、1978年にはバージニア・コモンウェルス大学に移り、音楽学の博士課程創設に尽力した。アリゾナ州立大学のザビーネ・フェイス教授は、シェーンベルク最晩年の弟子の一人であるニューリンを「アメリカにおけるシェーンベルク研究のパイオニア」と評している。

ニューリンはエンサイクロペディア・ブリタニカにシェーンベルクの伝記項目を執筆するなど、音楽関連の記事執筆や翻訳も多数手掛けた。自身の音楽作品としては、3つのオペラ、ピアノ協奏曲、室内交響曲、そして多くの室内楽や声楽曲、混合メディア作品がある。

また、シェーンベルクのドイツ語による著作を数多く英語に翻訳した功績も大きい。1999年には、テキサス州で行われたシェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』の公演で、自身が英訳した歌詞を歌唱するというパフォーマンスを行った。

パンク・アイコンとしての変貌

アカデミックな世界で確固たる地位を築いたニューリンだが、1980年代半ばからは、全く異なる一面を見せるようになる。茶髪に革ジャンパーというパンクロッカー然とした新しいペルソナを披露し、ヴァージニア州リッチモンドを拠点に精力的な活動を展開した。地元プロデューサー、マイケル・D・ムーア監督のホラー映画や、ティム・リッター監督の1995年の映画『クリープ』など、複数の映画に出演。特に『クリープ』では、バイク乗りの革ジャン姿でスーパーマーケットのベビーフードに毒を混入させる役を演じ、強烈な印象を残した。

1995年にはムーア監督により、彼女の活動を追ったドキュメンタリー映画『ディカ：殺人街』が制作された。このタイトルは、彼女が1985年に結成したバンド「アポカウリプソ（ApoCowLypso）」の人気曲から採られたものであり、元々は彼女が一人で行っていたパフォーマンスのタイトルであった。アポカウリプソでは、リードボーカルやバックボーカルを務め、洗濯板やタンバリンなどのパーカッションを担当。ユニークなライブパフォーマンスで知られ、カセットテープでのシングルや海賊版アルバムもリリースした。短期間に多数のベーシストが入れ替わるなどエピソードにも事欠かず、1988年にバンドはそれぞれの道に進むため解散した。ニューリンはその後も、1994年のGWARの映画『スカルドフェイス』に出演するなど、アンダーグラウンドシーンでの活動を続けた。

個性的な人物像と晩年

ディカ・ニューリンはその非凡な知性だけでなく、個性的な人物としても知られた。1939年のニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙は、彼女がミシガン州立大学で当時最も高いIQの学生だと報じた。1964年にはロンドンで、デリック・クックによるマーラー未完の交響曲第10番の補筆全曲版初演を聴き、終演後にクックに米国ブルックナー協会からキレニー・マーラー・メダルを贈呈するという一幕もあった。

70代で自作のピンナップカレンダーを制作したり、自宅のベッドルームに中世の甲冑を吊るしていたなど、そのエピソードは数多い。学術的な厳密さと、常識にとらわれない自由な精神が同居した人物であった。

ニューリンは2006年6月30日に遭遇した事故で腕を骨折。その合併症が原因となり、同年7月22日にリッチモンドで82年の生涯を閉じた。

主要著作

Bruckner, Mahler, Schoenberg. New York: King's crown press, 1947.
Schoenberg Remembered: Diaries and Recollections, 1938-1976. New York: Pendragon Press, 1980.

主要翻訳

Leibowitz, René. Schoenberg and his school... (1949)
Schoenberg, Arnold. Style and idea. (共訳, 1951)
Rufer, Josef. The works of Arnold Schoenberg... (1962)
Werner, Eric. Mendelssohn: a new image of the composer and his age... (1963)
Bauer-Lechner, Natalie. Recollections of Gustav Mahler*. (1980)

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