トグス・テムル

トグス・テムル：北元最後のハーンの生涯

トグス・テムル（ᠲᠡᠭᠦᠰᠲᠡᠮᠦᠷ, Tögüs Temür）は、モンゴル帝国の第17代ハーンであり、北元としては第3代皇帝にあたります。明の史料では脱古思帖木児と記され、ウスハル・ハーンの尊号で知られています。治世の元号から天元帝とも呼ばれます。

生い立ちを巡る謎

トグス・テムルの出自については、史料によって記述が異なり、大きく分けて二つの説があります。

1. 順帝トゴン・テムルの息子説：
- この説では、トグス・テムルは順帝トゴン・テムルの息子で、昭宗アユルシリダラの弟であるとされます。
- 『明史』などの史料がこの説を支持しており、明に捕らえられた「元主嫡孫」マイダリ・バラが、後にトグス・テムルとして即位したとされています。
- 研究者の薄音湖もこの説を支持し、トゴン・テムルの息子はアユルシリダラのみであるとし、マイダリ・バラとトグス・テムルは同一人物であると解釈しています。

2. アユルシリダラの息子説：
- こちらは、『蒙古源流』や『シラ・トージ』などのモンゴル年代記が根拠としています。
- 『北虜始末志』には、アユルシリダラが亡くなった後、次男のトグス・テムルが即位したと記されています。
- 和田清は、トグス・テムルの子供がすでに幼少ではなかったことから、マイダリ・バラと同一人物説を否定し、この説を支持しました。
- 宝音徳力根は、アユルシリダラ以外のトゴン・テムルの息子が記録されていることを指摘し、マイダリ・バラは後のエルベク・ハーンであるとしました。

現在のところ、トグス・テムルはトゴン・テムルの息子で、アユルシリダラの弟であるとする説が有力です。

ハーン即位と明との対立

1378年、ビリクト・ハーンの死後、有力な後継者候補の中から、最年長のトグス・テムルがウスハル・ハーンとして即位しました。この時、北元は明と対立しており、トグス・テムルは明との戦いに臨むことになります。

1379年、トグス・テムルは天元と改元し、北元の支配領域は依然として広大でした。しかし、明は着実に勢力を拡大しており、1382年には雲南が明の支配下に入りました。

ブイル・ノールの戦いと最期

1388年、トグス・テムルは、明の攻撃を受けたナガチュを支援するために遠征を行いましたが、ナガチュは明に降伏します。翌年、トグス・テムルはブイル・ノールの戦いで明軍に大敗し、皇后や次男ディボドを含む多数の軍民が捕虜となりました。

トグス・テムルはカラコルムへ逃れる途中、アリクブケ系の皇族イェスデルの襲撃を受け、わずかな側近とともに逃亡しましたが、最終的にイェスデル軍に捕らえられ、長男テンボドと共に殺害されました。

この事件により、クビライの皇統は一時的に途絶え、モンゴルは長い混乱期に入ります。モンゴルが再興するのは、トグス・テムルの兄アユルシリダラの仍孫と考えられているダヤン・ハーンの時代まで待つことになります。

結論

トグス・テムルは、北元最後のハーンとして、その出自や悲劇的な最期を含め、多くの謎とドラマに彩られた人物です。彼の生涯は、モンゴル帝国の変遷と、明との激しい対立を象徴するものと言えるでしょう。

出典

岡田英弘『モンゴル帝国から大清帝国へ』藤原書店、2010年
杉山正明『モンゴル帝国と大元ウルス』京都大学学術出版会、2004年
* 和田清『東亜史研究(蒙古篇)』東洋文庫、1959年

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