トマス・M・ディッシュ

トマス・マイケル・ディッシュ：多才な作家の生涯

トマス・マイケル・ディッシュ（Thomas Michael Disch, 1940年2月2日 - 2008年7月4日）は、アメリカ合衆国出身のSF作家、詩人、評論家です。SF界のニュー・ウェーブ運動を牽引した一人として知られ、数々の実験的な作品を世に送り出しました。

概要

1960年代にSF雑誌でデビューして以来、長編小説『人類皆殺し』、『キャンプ・コンセントレーション』、『334』、『歌の翼に』など、高く評価される作品を多数発表しました。ヒューゴー賞やネビュラ賞に何度もノミネートされながらも受賞には至らず、「無冠の帝王」と呼ばれることもありました。しかし、1998年にSFが文化に与えた影響を考察した評論『The Dreams Our Stuff Is Made Of』で、初のヒューゴー賞関連書籍部門を受賞しました。SF界きっての知性派としても知られ、ニューヨーク・タイムズやThe Nationなどの定期刊行物に演劇やオペラの評論を寄稿。トム・ディッシュ名義で詩集も出版するなど、多岐にわたる分野で才能を発揮しました。

1966年の短編『リスの檻』はニュー・ウェーブSFを象徴する作品として知られ、日本では星雲賞海外短編賞を受賞。長編『歌の翼に』ではジョン・W・キャンベル記念賞を受賞しました。また、児童向け作品『いさましいちびのトースター』は、本国でアニメーション映画化されるほどの人気を博し、星雲賞海外短編賞も受賞しました。

しかし、長年のうつ病に苦しみ、2008年7月4日または5日にニューヨークで拳銃自殺という悲劇的な最期を迎えました。

生涯

アイオワ州デモインで生まれたディッシュは、幼少期にポリオに感染し、一時的に母親による家庭教育を受けました。カトリック系の小学校に通った経験から、作品にはカトリック教会への批判がみられることもあります。1953年にミネソタ州ミネアポリスに引っ越したことがきっかけで、SF、演劇、詩に興味を持ち始めました。特に詩は、彼の文学への入り口となり、学校の教師が課した暗記課題の10倍の量の詩を暗唱したという逸話も残っています。

高校卒業後、製図工見習いとして働いて資金を貯め、ニューヨークへ上京。マンハッタンのアパートに居を構え、メトロポリタン歌劇場で合唱団員として働いた後、書店や新聞社など様々な職を経験しました。18歳で陸軍に入隊するも、軍隊生活に馴染めず精神科に通うことになり、除隊後は再びニューヨークに戻り、芸術活動を再開しました。劇場の手荷物預かり所の仕事は、後の演劇評論の仕事に繋がりました。

保険会社勤務を経て建築学校にも通いましたが、その後ニューヨーク大学の定時制に入学。そこでSFのテーマや作風の一部が形成されました。1962年、中間試験の勉強をせずに執筆した短編小説が売れたことをきっかけに大学を中退し、作家としての活動を本格化させました。

作家としての活動

SF界に登場した頃、パルプ・マガジンでは旧来の冒険ものと、よりシリアスで大人向けの物語が混在していました。ディッシュは、SFを子供向けの願望表現にとどまらせない新しい波、「ニュー・ウェーブ運動」に身を投じました。1965年に処女長編『人類皆殺し』を発表し、1966年には盟友ジョン・スラデックと共にイギリスに渡り、ニュー・ウェーブ雑誌『New Worlds』を中心に文学的なSF作品を多数発表しました。

世界各地を旅し、様々な土地で暮らしましたが、晩年はニューヨークに定住。「ニューヨークという都市は、私にとって世界そのものだ」と語っていました。

執筆活動は彼の人生の中心となり、SF、ゴシック小説、評論、戯曲、オペラのリブレット、児童文学、詩など、様々なジャンルに挑戦しました。1980年代には、SFよりもホラー小説に力を入れ、ミネアポリスで一連の作品を発表しています。

また、The Nation、The Weekly Standard、Harper's、ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズ、ニューヨーク・タイムズ、エンターテイメント・ウィークリーなどの媒体で書評や演劇評を定期的に掲載していました。

ディッシュは、作家としての長いキャリアの中で、常にSF作家というレッテルに悩まされていました。「文学には階級がある」と感じており、自身の作品が主流文学から評価されにくい状況に不満を抱いていました。

作家フィリップ・K・ディックとは友人でしたが、ディックは1974年に、ディッシュの作品に暗号化されたメッセージが隠されているとFBIに告発するという偏執的な行動に出ました。ディッシュはこれに気づかず、フィリップ・K・ディック賞創設に尽力しています。

私生活

ディッシュは、詩人のチャールズ・ネイラーと30年来のパートナーであり、ニューヨークのアパートとニューヨーク州バリービルの家を共有していました。1968年に同性愛者であることを公表しており、彼の詩や1979年の長編小説『歌の翼に』には、同性愛的なテーマが見られます。しかし、彼はゲイ文学を書くことはなく、性的指向について語ることも稀でした。

2005年にネイラーが亡くなったことがきっかけでうつ病が悪化し、2006年からはブログで詩などを発表するようになりました。

その他の活動

ディッシュは、1987年にテキストアドベンチャーゲーム『Amnesia』を制作しました。このゲームは、当時の他のゲームとは異なり、彼のニューヨークへの愛が溢れる作品でしたが、商業的には成功しませんでした。

また、演劇評論家として活躍する一方で、戯曲『ベン・ハー』と『The Cardinal Detoxes』を執筆しました。『ベン・ハー』は、歴史小説と作者の生涯を掘り下げた作品であり、『The Cardinal Detoxes』は、カトリックの司教が教会を脅迫する物語で、上演が中止されるという検閲問題を引き起こしました。

詩人としての活動

小説執筆と並行して、1964年から詩を発表し、1972年に最初の詩集を出版しました。詩作においては、トム・ディッシュというシンプルなペンネームを使用し、ソネット形式で様々な実験を試み、厳格な形式と自由な形式を混合させました。ユーモアとイロニーを多用することも特徴です。

1989年の詩集『Yes, Let's』で詩人としての評価を確立し、その後も詩集や評論集を出版しました。

晩年は、雑誌への掲載を避け、ブログで直接発表することを好むようになりました。死の10日前に行ったインタビューでは、「詩を書くことは、私に出来る最も難しいことだからだ」と語っています。

作品リスト（日本語訳された書籍のみ）

長編

『人類皆殺し』 (THE GENOCIDES, 1965)
『虚像のエコー』 (ECHO ROUND HIS BONES, 1967)
『黒いアリス』 (Black Alice, 1968) ※ジョン・スラデックとの合作
『キャンプ・コンセントレーション』 (CAMP CONCENTRATION, 1968)
『プリズナー』 (THE PRISONER, 1969) ※テレビドラマのノベライズ
『歌の翼に』 (ON WINGS OF SONG, 1978)
『いさましいちびのトースター』 (THE BRAVE LITTLE TOASTER, 1980)
『ビジネスマン』 (THE BUSINESSMAN A TALE OF TERROR, 1984)
『いさましいちびのトースター火星へ行く』 (THE BRAVE LITTLE TOASTER GOES TO MARS, 1988)
『M・D』 (THE M. D., 1991)

短編集

『334』(334, 1972)
『アジアの岸辺』(The Asian Shore, 2004)

評論

『SFの気恥ずかしさ』(On SF, 2005)

参考文献

Gioia, Dana. "Tom Disch," in Can Poetry Matter? Essays on Poetry and American Culture. St. Paul, Minn.: Graywolf Press, 1992
Preminger, Alex, Terry V.F. Brogan, Frank J. Warnke, eds. The New Princeton Encyclopedia of Poetry and Poetics. New York: Princeton University Press, 1993
Walzer, Kevin. "The Sword of Wit: Disch, Feinstein, Gwynn, Martin," in The Ghost of Tradition. Brownsville, Ore.: Story Line Press, 1998
Yezzi, David. Thomas M., Meet Tom. Parnassus: Poetry in Review, 1995.
“Featured Author: Thomas M. Disch (With News and Reviews From the Archives of The New York Times)”. The New York Times (1998年8月9日).

関連項目

水玉螢之丞 - 『いさましいちびのトースター』にちなんで「いさましいちびのイラストレーター」と自称している。

外部リンク

Schroedinger's Cake: Website about Thomas M. Disch
Endzone (Tom Disch's blog)
トマス・M・ディッシュ - Internet Speculative Fiction Database（英語）
Selected poems
Obituary and public tribute
Eulogy by Elizabeth Hand at salon.com
Remembering Thomas Disch by John Crowley in the Boston Review
*The Prescient Science Fiction of Thomas M. Disch in The Millions

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