ドメニコ・パラディエス

ピエトロ・ドメニコ・パラディエス

ピエトロ・ドメニコ・パラディエス（Pietro Domenico Paradies、おおよそ1707年生まれ、1791年8月25日没）は、バロック後期から古典派初期にかけて活動したイタリア出身の作曲家、チェンバロ奏者、そして音楽教師です。彼の活動の中心は晩年を過ごしたイギリス、特にロンドンにあり、鍵盤楽器のための優れた作品を残したことで知られています。姓については、パラディージ（Paradisi）という表記もしばしば見られますが、正確にはパラディエスであると考えられています。

生涯

パラディエスの正確な生い立ちや経歴については、残された資料が限られているため、不明な点が多いのが現状です。しかし、イタリア南部のナポリで生まれた可能性が高く、当時の著名な作曲家ニコラ・ポルポラに師事したと考えられています。

音楽家としての初期の活動はイタリア国内で行われました。文献上で確認できる最初の作品は、1738年にルッカで初演された、ヴァンネスキのリブレットによるオペラ『ペルシャのアレクサンドロス』（Alessandro in Persia）です。その後、ヴェネツィアのピエタ院で宗教音楽の作曲にも携わりました。

1746年からはロンドンに移り住み、そこで音楽教師および作曲家として確固たる地位を築きました。教師としては多くの才能ある音楽家を育てており、チェンバロ奏者のカサンドラ・フレデリックや、作曲家のトーマス・リンリー（父）、ドイツの著名なソプラノ歌手ゲルトルート・エリーザベト・マーラなどが彼の指導を受けました。作曲家としては、ヘイマーケットの国王劇場で上演されるイタリアオペラを、リブレット作者であるヴァンネスキと契約して手がけています。

1770年、音楽活動から引退しイタリアへの帰国を試みた際、彼は自身の自筆原稿を収集家として知られるリチャード・フィッツウィリアムに売却しました。これらの貴重な楽譜は、現在もケンブリッジ大学のフィッツウィリアム美術館に大切に保管されており、彼の作品研究に不可欠な資料となっています。パラディエスは1791年8月25日に世を去り、ヴェネツィアにあったサン・ジェミニアーノ教会に埋葬されましたが、この教会は後にナポレオン軍によって破壊され、現存していません。

主な作品

パラディエスはオペラや声楽曲も作曲しましたが、彼の名が音楽史において最も輝くのは、残された器楽曲、特に鍵盤楽器のための作品群です。

彼の最も有名な作品として挙げられるのが、12曲からなる『チェンバロ・ソナタ集』（Sonate di gravicembalo）です。このソナタ集は1754年にロンドンのジョン・ジョンソンから王室の特権を得て出版されました。その出版後、すぐに評判を呼び、18世紀の間にロンドン、パリ、オランダといったヨーロッパの主要都市で少なくとも7回の再版が確認されています。これは当時のヨーロッパにおける彼の人気の高さを物語っています。

このソナタ集は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの父レオポルトも、娘ナンネルに宛てた手紙の中で練習曲として推奨しており、当時の音楽教育においても重要な位置を占めていたことがわかります。その人気は時代を超え、19世紀以降に出版されたピアノ曲集の中に、彼のソナタの一部が収録されることも少なくありません。

ソナタの形式としては、同時代のイタリアの作曲家ドメニコ・アルベルティのソナタと同様に、基本的にすべて2つの楽章で構成されています。第1楽章は、ドメニコ・スカルラッティのソナタによく見られるような、提示部、展開部、再現部を持つ二部形式が採用されています。一方、第2楽章は、ジーグやメヌエットといった当時の流行の舞曲や、活発なロンド形式による楽曲が中心です。これらのソナタは、演奏技巧と音楽的な洗練さを兼ね備え、当時のチェンバロ音楽の典型を示しています。

特に、このソナタ集の中の第6番イ長調の第2楽章は、単独で「トッカータ」という愛称で広く知られ、現代においてもチェンバロやピアノの重要なレパートリーとして頻繁に演奏されています。その軽快で華やかな楽想は多くの音楽ファンを魅了し、日本の音楽之友社が出版する『標準版 バロック・アルバム1』にも収録されています。また、この有名な楽章は鍵盤楽器だけでなく、ハープなど様々な楽器のために編曲され、演奏される機会も多くあります。

他にも、彼はオルガンまたはチェンバロのための協奏曲（変ロ長調、ト短調）や、シンフォニア、様々な変奏曲やメヌエットといった器楽曲を残しています。

評価

同時代の著名な音楽学者であるチャールズ・バーニーは、その著書『音楽史』の中で、ピエトロ・ドメニコ・パラディエスを、ドメニコ・ツィポーリ、ドメニコ・スカルラッティ、ドメニコ・アルベルティといった錚々たる顔ぶれと並んで、18世紀イタリアが生んだ最も優れた鍵盤楽器の演奏家・作曲家の一人として高く評価しています。一方で、バーニーは彼のオペラのアリアについては、形式的で陳腐であると批判的な見解も示しており、その評価は鍵盤楽器作品に集中していることがわかります。現代においても、彼の作品は演奏会や録音で取り上げられる機会があり、例えばアラン・ブラッドリーの推理小説『パイは小さな秘密を運ぶ』の中では、主人公の少女がパラディエスの「トッカータ」を愛聴曲として挙げるなど、フィクションの世界においてもその名前が親しまれています。

ピエトロ・ドメニコ・パラディエスは、その伝記資料の少なさにもかかわらず、特に彼の残したチェンバロ・ソナタ集、そして「トッカータ」として広く知られる第6番第2楽章によって、18世紀の鍵盤音楽史において重要な足跡を残した作曲家です。彼の作品は、バロックから古典派への過渡期における鍵盤楽器音楽の発展を知る上で貴重であり、現代においても多くの人々に愛され続けています。

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