ナスレッディン・ホジャ

ナスレッディン・ホジャ：知恵とユーモアの人物像

ナスレッディン・ホジャは、トルコで語り継がれる民話に登場する人物です。機知に富んだユーモラスな小話の数々は、トルコのイソップ童話とも称され、世代を超えて愛され続けています。しかし、ホジャが実在の人物だったのか、また実在したとすれば、いつの時代に生きていたのかは、いまだ謎に包まれています。

ホジャ物語の起源と広がり

ホジャの物語が初めて文字で記録されたのは、15世紀後半と考えられています。これらの物語は、基本的にシンプルな筋書きで、最後にオチがつく構成が特徴です。多くは日常生活を題材とした小話ですが、ティムールなどの歴史上の人物との逸話も存在します。

ホジャ物語のルーツは、10世紀末にアラブ世界で流行したジュハ物語などの様々な逸話に遡ると考えられています。これらの物語が、形式や内容を変えながら、あるいはほぼそのままの形でホジャの逸話として語り継がれてきたのです。そのため、ホジャは賢明で狡猾、時に愚鈍で臆病といった、多様な性格を併せ持つ魅力的なキャラクターとして描かれています。

ホジャ物語は、アナトリア半島だけでなく、オスマン帝国の支配地域やテュルク系民族の居住地域であるコーカサス、バルカン半島、中央アジアなどにも広まりました。トルコのみならず、イラン、アフガニスタン、北ヨーロッパのフィンランドなど、世界各地で語り継がれ、18世紀ごろには西ヨーロッパにも紹介されています。中国では阿凡提、アラブ世界では「ルームのジュハー」、イランでは「モッラー・ナスロッディーン」など、地域によって様々な呼び名で親しまれています。アゼルバイジャンでは、風刺雑誌『モッラー・ナスレッディン』の誌名にもなっているほどです。

ホジャの正体：実在説と非実在説

ホジャの実在性については、様々な説が提唱されています。

実在説としては、14世紀後半から15世紀前半のオスマン帝国の統治者、バヤズィト1世と同時代の住人とする説や、13世紀のルーム・セルジューク朝時代に生きていたとする説があります。バヤズィト1世を破ったティムールとの逸話の存在から、これらの時代を生きていた可能性も考えられます。また、17世紀の旅行家エヴリヤ・チェレビや、19世紀の文学者メフメト・テヴフィクなども、ホジャをバヤズィト1世と同時代の人物と記述しています。しかし、これらの説は、後世の創作や脚色である可能性も指摘されており、確証は得られていません。13世紀の詩人シェイヤド・ハムザが登場する物語や、古版本における「アラーウッディーン」という名のスルターンとの逸話から、13世紀のルーム・セルジューク朝の人物とする説も存在します。さらに、13世紀後半のチョバンオウル侯国の王子ナースルッディーン・マフムードをホジャの正体とする説も提唱されています。

一方、非実在説では、10世紀末のアラブ世界のジュハ物語がトルコに伝わり、「ジュハ」が「ホジャ」に変化したとする説が有力です。しかし、この説についても、ホジャ物語の起源をジュハ物語に断定できる証拠は乏しいと反論する意見もあります。また、ホジャ物語は世界各地に見られる滑稽話や頓知話にトルコ的な要素が加えられたものという見解もあり、ホジャの実在性を問うこと自体が意味を持たないという意見も存在します。

アクシェヒルのホジャ廟と無形文化遺産登録

トルコの都市アクシェヒル郊外には、ホジャの廟が存在します。地元の人々は、結婚式の際にこの廟を参拝し、ホジャを披露宴に招待しなければ夫婦仲がうまくいかないという言い伝えがあります。また、廟の土は眼病に効くと信じられています。メフメト2世時代のワクフの登記簿にホジャの廟とマドラサ（学校）が記載されているものの、当時の廟は荒廃していたと推測されています。廟内の墓碑には、ヒジュラ暦386年（996年/7年）に没した人物の記録がありますが、これはホジャの没年とは別のものだと考えられています。

2022年には、「ナスレッディン・ホジャの口承」がUNESCOの無形文化遺産に登録されました。これは、ホジャ物語が持つ文化的意義の大きさを示す重要な出来事です。

ホジャ物語の日本語訳

日本の読者も、様々な日本語訳を通してホジャ物語を楽しむことができます。代表的な翻訳作品としては、『ホジャの笑い話』（児島満子、児島和男訳）、『ナスレッディン・ホジャ物語』（護雅夫訳）などがあります。これらの翻訳を通して、ホジャの知恵とユーモアに触れてみてください。

結論

ナスレッディン・ホジャは、その実在性こそ謎に包まれていますが、その物語は世界各地で愛され、今なお語り継がれています。ホジャの知恵とユーモアは、時代を超えて人々の心に響き続ける、普遍的な魅力を秘めていると言えるでしょう。その物語の奥深さ、そして世界に広がった歴史を紐解くことで、私たちは新たな発見や驚きを得ることができるのです。

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