ニエロ

ニエロ（黒金）とは

ニエロ（niello）とは、硫黄、銅、銀、そして通常は鉛を含む黒色の合金です。正確な比率は決まっていませんが、一般的には銀4：銅2：鉛1の割合が用いられます。この合金は、彫刻を施した金属への象嵌や、金属から切り出された美術作品の装飾に用いられます。ニエロ装飾の起源は古代エジプトに遡ると考えられており、その後中世ヨーロッパで広く普及しました。

ルネサンス期のニエロ

15世紀中期のフィレンツェでは、金細工師たちがビュランを用いて金属を彫刻し装飾していましたが、後にビュランで作った窪みに銀、鉛、硫黄からなる黒いエナメルを充填する技法が生まれました。この技法によって作られた作品は「ニエロ」と呼ばれ、そのコントラストの強さから、より際立った装飾効果を生み出しました。

タイのニエロ

タイのニエロ細工が施された装身具は、1920年代から1970年代にかけて、タイに駐留していたアメリカ兵が帰国する際に、恋人や妻へのプレゼントとして人気を博しました。これらの多くは手作りによるものでした。

その製作工程は以下の通りです。

1. まず、職人は銀に特定のキャラクターや模様を彫刻します。背景部分を彫り込むことで、モチーフを浮かび上がらせます。
2. 次に、背景を埋める象嵌材としてニエロを使用します。
3. 屋外で火を使って焼き付け、合金を硬化させます。
4. 砂（紙やすり）で滑らかに磨き、研磨します。
5. 最後に、銀細工職人が手作業で細かなディテールを加えます。

追加の装飾として、フィリグリー（金線細工、銀線細工）が用いられることもあります。ニエロ細工は黒と銀の色調のみを使用していることが特徴であり、他の色の装飾が施されたものは、異なる技術が用いられているためニエロとは呼ばれません。

ニエロ細工に描かれるモチーフの多くは、ヒンドゥーの伝説「ラーマーヤナ」に由来しています。また、タイの重要な文化的シンボルも頻繁に用いられます。ニエロ細工の装身具は大きな商業的価値を持つものはありませんが、素晴らしい記念品や感傷的な価値を提供してくれます。また、コーディネートしやすく、面白い話題にもなります。主な製品には、ネックレス、ブレスレット、ブローチ、ネクタイピン、指輪、イヤリング、ペンダント、ボタン、嗅ぎタバコ入れなどがあります。

キエフ大公国のニエロ

10世紀から13世紀にかけて、キエフ大公国の職人たちは、世界でも有数の装身具製造技術を持っていました。熱した鉄、蝋、石の鋳型、ニエロや七宝の象嵌などの技術を駆使し、彼らの手による作品は当時、世界でも比類のないものでした。12世紀の東ローマ帝国の著述家John Tsetsesは、キエフ大公国の職人たちを賞賛し、その仕事をギリシャ神話の名工ダイダロスの作品に例えました。

ニエロは、剣の柄、聖杯、皿、角型の器、馬具など様々なものに用いられましたが、特に女性用の装身具に多く使用されました。具体的には、ネックレス、ブレスレット、指輪、トルク、ペンダント、ボタン、ベルトバックル、ヘッドドレスなどがあります。

キエフ大公国におけるニエロ塗りの技術は以下の通りです。

1. まず、銀または金をルプセ（打ち出しと追跡）技法で形作り、浮き彫りに成形します。
2. 次に、高浮き彫り（アルトリリーヴォ）にして、背景にニエロを充填します。ニエロは、レッドコパー、鉛、銀、炭酸カリウム、ホウ砂、硫黄の混合物を液化し、凹面に流し込んで作られます。
3. 窯の中で焼成すると、ニエロが黒ずみ、他の装飾がより際立つようになります。

型を用いて大量生産されたニエロ製品は、ギリシャ、東ローマ帝国、そしてヴァリャーグからギリシャへの交易路に含まれる国々で取引されました。これらの製品は現在でも存在しています。

1237年から1240年のモンゴル帝国の侵略により、キエフ大公国全土は荒廃し、村や工房は焼き払われ、土地は破壊され、多くの職人が命を落としました。このため、ニエロや七宝の技術はその後衰退してしまいました。

主にウクライナ全土の墓から回収されたニエロ製品の巨大なコレクションは、キエフのウクライナ歴史宝物博物館に所蔵されています。

まとめ

ニエロは、古代から伝わる金属装飾技法であり、各時代や地域で独自の発展を遂げてきました。その美しい黒色の輝きは、装飾品や美術品に独特の魅力を与え、歴史と文化を伝える貴重な遺産となっています。

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