ノリ・メ・タンゲレ (ティツィアーノ)

ティツィアーノ「ノリ・メ・タンゲレ」：聖書の場面を鮮やかに描くルネサンスの傑作

ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1514年頃に制作した「ノリ・メ・タンゲレ」（「我に触れるな」の意）は、新約聖書「ヨハネによる福音書」のイエス・キリスト復活のエピソードを題材とした油彩画です。この作品は、ティツィアーノの初期の作品でありながら、その後の彼の画風を予感させる要素が詰まっています。現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵され、多くの人々を魅了し続けています。

物語の背景

物語は、ゴルゴダの丘で磔刑に処されたイエスが埋葬された後、マグダラのマリアがイエスの墓を訪れる場面から始まります。墓の入口は開いており、遺体がないことにマリアは驚き、誰かが遺体を持ち去ったと考えます。弟子たちが墓を確認した後も、マリアは墓の外で泣いていました。その後、墓の中を覗き込んだマリアは、2人の天使に出会い、なぜ泣いているのかと問われます。マリアが振り返ると、そこにはイエスが立っていました。最初は庭師だと思っていたマリアが「師よ！」と叫ぶと、イエスは「私に触れてはいけない（ノリ・メ・タンゲレ）、私はまだ父の御許に行ってはいないのだから」と告げます。マリアは、イエスに会ったこと、そしてイエスがこれから父なる神の御許に行くことを弟子たちに伝えます。

作品の特徴

ティツィアーノは、ゲッセマネの園でマグダラのマリアの前に現れたキリストの姿を描いています。悲しみに暮れていたマリアは、驚いて身をかがめながら、キリストを見上げて手を差し伸べています。彼女の左手には、アトリビュートである香油壺が握られています。一方、復活したイエス・キリストは、マリアを見つめ返しながらも、彼女を拒むような仕草をしています。キリストは鍬を持ち、ねじれたポーズで立っています。ほとんど裸体で描かれ、首周りに結ばれた埋葬用の白布（shroud）と下帯は、キリストが墓所から出てきたばかりであることを表しています。背景には、左側に羊の群れ、右側に丘の上の建築物が描かれています。

この作品は、鮮やかな青色の空やマリアの赤い衣装など、色彩を重視するヴェネツィア派の特徴を示しています。背景は、ティツィアーノが学んだジョルジョーネの様式を反映しており、自然風景の中に人物を配置する手法は、ティツィアーノの初期作品から受け継がれています。特に、画面中央で斜めに立つ樹木と丘陵の中腹の交差する線は、キリストとマグダラのマリアの斜めの視線を強調しています。この構成は、後の作品「殉教者聖ペテロの死」にも発展させられています。また、キリストの優雅なポーズは、この時期のティツィアーノの裸体表現の理解の高さを示し、ラファエロやミケランジェロの作品の研究の影響が見られます。さらに、表現力豊かな筆致と、ペイントの質感への関心は、ティツィアーノ後期の様式の特徴を予感させます。初期作品の特徴として、緑色の顔料の樹脂酸銅が酸化し、茶色がかった色調の背景となっています。

画面右側に描かれた建築物は、同時期の「聖愛と俗愛」や「眠れるヴィーナス」にも登場するモチーフです。X線撮影による調査では、構図の変更が確認されており、ティツィアーノは準備素描を用いずにキャンバス上で直接変更したことがわかっています。

作品の来歴

この作品は、ヴェローナの商人ジャコモ・ムセリのコレクションに由来すると考えられています。その後、ムセリの孫たちによって、ルイ14世の財務管理者ジャン＝バティスト・コルベールの長男、セニュレ侯爵ジャン＝バティスト・コルベールに売却され、オルレアン・コレクションに加わりました。18世紀末にオルレアン・コレクションがイギリスで売却された際、サミュエル・ロジャースが購入し、1856年にナショナル・ギャラリーに遺贈されました。1957年には、ひどく摩耗した青空の修復が行われました。

まとめ

「ノリ・メ・タンゲレ」は、ティツィアーノの初期の作品でありながら、その後の彼の画風を予感させる傑作です。聖書の場面をドラマチックに表現した構図、鮮やかな色彩、そして繊細な筆致は、ルネサンス美術の粋を集めています。この作品は、ティツィアーノの才能を強く印象づけるとともに、聖書のエピソードを深く理解するための貴重な手がかりを与えてくれます。

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