ハプト藻

ハプト藻類（ハプトそうるい）

真核微細藻類に分類される一群で、その多くは植物プランクトンとして海に生息しています。細胞の大きさが5マイクロメートルから50マイクロメートル程度のものが多く、光合成によってエネルギーを得る独立栄養生物です。地球上の広い範囲の海に分布し、外洋域では特に豊富なバイオマスを持ち、海洋生態系における主要な一次生産者として極めて重要な役割を担っています。北大西洋など特定の海域では、爆発的に増殖して水の変色（ブルーム）を引き起こすこともあります。現存する種は90属300種ほどと推定されていますが、生活環における複雑さから、正確な数は未だ明らかではありません。

歴史

ハプト藻類、特に円石藻に関する最初の科学的な記録は1836年にエーレンベルクによってなされました。彼はバルト海周辺の石灰岩から微細な円板状の構造物（円石）を発見しましたが、これらを生物に由来するものとは考えませんでした。その後、ハクスリー（1858年）も同様の構造物を海底堆積物から見つけましたが、これも非生物起源とみなされました。

円石が生物によって作られたものであると最初に提唱したのはウォーリッチ（1860年）とソービー（1861年）です。彼らは多数の円石が集まってできた中空の球状構造を発見し、「ココスフィア (coccosphere)」と名付けました（現在この語は、円石を持つ細胞全体を指します）。しかし当時は、これを有孔虫の生活環の一部と考えるに留まりました。1870年代には再び非生物起源説が有力となりますが、ワイヴィル・トムソン（1874年）が円石を単細胞藻類の細胞外被である可能性を示唆しました。その後、ココスフィア内に色素体が見つかったり、MurrayとBlackman（1898年）が細胞分裂を観察したりしたことで、円石を持つ微細藻類、すなわち円石藻（ハプト藻類の一群）の存在が広く認識されるようになりました。初期の分類では、形態や光合成色素の類似性から黄金色藻綱に含まれていましたが、1962年にハプト植物門として独立した分類群となりました。

細胞構造

ハプト藻類の細胞は、いくつかの特徴的な構造を持っています。

葉緑体: 紅藻由来で、光合成色素としてクロロフィルaとc、および様々なカロテノイドを含みます。細胞内に通常2つあり、4枚の膜で囲まれています。最外膜は核膜と繋がっています。チラコイドは3枚組で、埋没型のピレノイドを持ちますが、ヌクレオモルフやガードルラメラはありません。
細胞外被: 細胞表面に有機質の鱗片や、炭酸カルシウムの結晶からなる円石を持ちます。一部の種では珪酸質の鱗片も報告されています。
有機鱗片: 多くのハプト藻が細胞膜上に有機鱗片を持ちます。Chrysochromulina属やPrymnesium属では複雑な形態のものが見られます。円石藻も、円石の下に有機鱗片層を持つのが一般的です。
円石: 炭酸カルシウムの結晶でできた鱗片です。円石藻の分類に非常に重要で、種や属を区別する形態形質として使われます。細胞内のゴルジ体や、細胞外で形成される場合があります。方解石型と霰石型の結晶構造があり、偏光顕微鏡や電子顕微鏡で観察されます。形成機構の詳細はまだ完全には解明されていません。
ハプトネマ: 鞭毛に似た突起で、多くのハプト藻が1本持ちます。特にChrysochromulina属で発達しています。3重膜に囲まれ、内部には単一の微小管が数本（通常6-9本）並んでいます。鞭毛のように泳ぐ機能はありませんが、屈曲が可能で、急に巻き縮まるコイリングや、基物に付着して滑走するグライディング、餌粒子を捕らえて細胞内に運ぶなどの多様な役割を果たします。
その他の細胞小器官:
核: 細胞の遺伝情報を保持します。
鞭毛: 通常2本持ちます。パブロバ亜綱では長さが異なりますが、他のグループではほぼ同じか等しい長さです。
ゴルジ体: 有機鱗片や円石の形成に関与します。
食胞: Chrysochromulina属の一部などで見られ、捕食した粒子を取り込みます。
眼点: パブロバ亜綱のみが持ち、光受容に関与します。
パラミロン: パブロバ亜綱のみが持つ貯蔵物質の顆粒です。

生活環と分類上の課題

ハプト藻類の一部では、単相世代（n）と複相世代（2n）で細胞の形態が大きく異なることが知られています。特に円石藻では、世代によって全く異なる形態の円石を持つ例が多く、これらが別々の属や種として記載されてきました。培養技術の進歩により生活環が明らかになるにつれてこの問題が浮上し、1つの生物に複数の学名が付けられているという状況が生じています。今後は、このような重複が解消され、分類の統合が進むと予想されます。

分類

ハプト植物門 (Division Haptophyta)

ハプト藻綱 (Class Haptophyceae)

パブロバ亜綱 (Subclass Pavlovophycidae)
パブロバ目 (Order Pavlovales)
代表属：Diacronema, Exanthemachrysis, Pavlova, Rebecca
細胞分裂時に核膜が残存する、鞭毛が明らかに不等長で鱗片を持つ、眼点を持つ、パラミロン様の顆粒を持つ、などの特徴でプリムネシウム亜綱と区別されます。

プリムネシウム亜綱 (Subclass Prymnesiophycidae)
ファエオキスチス目 (Order Phaeocystidales)
代表属：Phaeocystis
比較的珍しい群体を形成するハプト藻ですが、発生自体は頻繁に見られます。射出装置であるトリコシストを持ち、展開すると星型になります。
プリムネシウム目 (Order Prymnesiales)
代表属：Chrysochromulina, Platychrysis, Prymnesium
ハプトネマや鞭毛が発達しており、活発な遊泳や捕食を行います。Chrysochromulina属は未整理の巨大なグループを含み、一部には有毒な赤潮の原因種が含まれます。
イソクリシス目 (Order Isochrysidales)
代表属：Isochrysis, Imantonia, Emiliania, Gephyrocapsa, Reticulofenestra
円石藻であるEmiliania, Gephyrocapsa, Reticulofenestraを含みます。円石藻として非常に有名なEmiliania huxleyiはこの目に属します。Reticulofenestraは珪藻に寄生する唯一のハプト藻です。
円石藻目 (Order Coccolithales)
代表属：Calcidiscus, Coccolithus, Syracosphaera, Umbilicosphaera
* 全て円石藻からなる目です。現生種も多いですが、膨大な数の化石種が知られています。

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