ハンブルク市電

ハンブルク市電は、かつてドイツの大都市ハンブルクで運行されていた路面電車システムです。19世紀に馬車鉄道としてその歴史を開始し、その後電化によって飛躍的に発展、一時はヨーロッパ有数の広大なネットワークを誇りました。しかし、時代と共に地下鉄や路線バスへの置き換えが進み、最終的に1978年に全ての運行を終えました。末期には、ハンブルク市の交通事業者であるハンブルク高架鉄道（Hamburger Hochbahn AG、HHA）によって運営されていました。

歴史

馬車鉄道の時代

19世紀中盤、産業革命の影響でハンブルクは急速な工業化と都市圏の拡大、そして人口の急増を経験しました。これに伴い、市民の円滑な移動を可能にする公共交通機関の整備が喫緊の課題となりました。当時存在した乗合馬車は、石畳の悪路での乗り心地や運行時間の長さが難点でした。

同時期、イギリスやアメリカで普及していたのが、道路上に敷設された軌道を車両が走行する馬車鉄道です。デンマークの技術者A.F.モラーは1861年にハンブルクでの馬車鉄道導入を申請しましたが、市議会の承認を得るまでには3年を要しました。承認後、モラーは馬車鉄道会社（Pferde-Eisenbahn Gesellschaft、PEG）を設立し、1866年 8月16日に最初の路線を開業させました。馬車鉄道はその快適性と利便性から市民に好評を博し、乗合馬車を置き換える形で路線網を拡大していきました。使用されたのは、ドイツ国内で製造された2階建ての客車でした。

その後も、1878年にはハンブルク＝アルトナ馬車鉄道会社（Hamburg Altonaer Pferdebahn Gesellschaft、HAPf）が、1880年には街道鉄道会社（Strassen Eisenbahn Gesellschaft、SEG）が馬車鉄道を開業させ、市域の拡大に合わせて路線網を広げました。アルトナ地区でも馬車鉄道の運行が始まり、複数の事業者が乱立する状況が生まれました。これにより過当競争などの問題が発生し、一部事業者の再編（PEGやGrHASのSEGへの吸収など）が行われました。

電化の推進と路面電車の発展

馬に代わる新たな動力源の模索は1870年代から始まり、街道鉄道会社はスチームトラムや充電池式電車の試験を行いましたが、本格的な導入には至りませんでした。

世界各地で普及し始めていたのは、架線から電力を供給する路面電車でした。当初、景観への懸念などから反対意見もありましたが、最終的に街道鉄道会社はこの電車方式への転換を決定しました。1894年 3月5日に最初の電車路線が開通すると、同社は電化を急速に進め、1898年までに市中心部の電化を完了させました。競合するHAPfも電化工事を進め、1896年には電車の運行を開始しました。同社の電車は独特の形状の屋根と黄色を基調とした塗装から「中華風鉄道」と通称されました。HAPfはこの頃、ハンブルク＝アルトナ中央鉄道（Hamburg-Altonaer Zentralbahn）に社名を変更しています。

1898年の時点で、ハンブルクの路面電車網は20系統、総延長188kmに達し、当時のヨーロッパで最大級の規模を誇りました。利用客の増加に対応するため、1897年からは収容力の大きいボギー車の導入が始まりました。1900年にはヨーロッパで初めて系統番号制（1号線、2号線など）が導入され、利用者に分かりやすい運行体系が確立されました。路線網の拡大は続き、1914年にはSEGだけで40系統が運行されていました。馬車鉄道の運行は1922年に完全に終了しました。

この時期には新規事業者も参入しましたが、多くは後に既存大手やハンブルク高架鉄道に吸収されていきました。特に1911年に設立されたハンブルク高架鉄道は、1912年の高架鉄道（後の地下鉄）開業以降、路面電車網と競合するようになります。

ハンブルク高架鉄道による統合

第一次世界大戦中、路面電車は利用客が急増しましたが、人員や資材の不足に悩まされ、路線拡張は中断されました。終戦後、ハンブルク市は乱立していた路面電車事業者を市営のハンブルク高架鉄道の下に統合する計画を進めました。1919年には街道鉄道会社が、1922年にはハンブルク＝アルトナ中央鉄道が吸収合併されました。競争激化で破産したアルトナ-ブランケネーゼ電気鉄道の路線も、1924年以降に高架鉄道によって一部が再開されました。1924年にアルト・ラールシュテット-フォックスドルフ-ウォルドルフ電気軽便鉄道が吸収されたことで、ハンブルク市内の路面電車はハンブルク高架鉄道による一元的な運営体制となりました。

統合後、高架鉄道は重複系統の廃止など整理を進めつつも、経済回復に伴い再び路線網の拡張を開始しました。1929年には営業用路線総延長が過去最大の413.6kmに達しました。車両面でもボギー車の増備が進み、増加する需要に対応しました。車両の塗装は、当初のクリーム色一色から、1930年代後半以降はハンブルクを表すクリーム色と赤色のツートンカラーが標準となりました。1920年からは、路面電車車両に郵便ポストを設置した郵便輸送も行われています。

第二次世界大戦とその後の変化

1939年に第二次世界大戦が勃発すると、路面電車は再び人員・資材・電力不足に直面しました。度重なる空襲、特に1943年夏の被害は甚大で、多くの区間が不通となり車両も多数破壊されました。終戦後すぐに復興作業が行われましたが、再開されずに廃止された区間もありました。郵便輸送も一時休止し、戦後の1949年に再開されました。戦後初期には、瓦礫処理のための貨物列車も運行されています。

戦争で破壊された中心部から郊外への人口移動を受けて、1948年以降、郊外への新たな路線建設や延伸が行われました。1955年には総延長が187kmに達しましたが、一方でモータリゼーションの進行による道路交通の悪化などから、ハールブルク方面の路線がバスに置き換えられて廃止されるなど、路線網の縮小も始まりました。郵便輸送も1958年に終了しました。

車両の近代化も試みられ、大型ボギー車の増備の他、PCCカーや連接車が導入されましたが、運用期間は比較的短期間に終わりました。

全廃への道程

1958年、市議会は将来の交通政策として、地下鉄や路線バス、Sバーン網の拡充を進める一方、路面電車を段階的に廃止する方針を決定しました。これ以降、ハンブルクではバスや地下鉄への代替による路面電車の廃止が相次ぎました。市民による反対運動も展開されましたが、この流れを止めることはできませんでした。最後の新規路線として開業したルルプ方面の路線も1973年に廃止。そして、最後に残された2号線の一部区間が1978年 9月30日の運行をもって営業を終了し、ハンブルクから路面電車は姿を消しました。

廃止後、1980年代以降にも何度かライトレール（新型路面電車）の再導入計画が提案されましたが、政治的な理由などからいずれも実現には至らず凍結されています。現在もハンブルクの公共交通は、地下鉄と路線バスを主軸とした整備が進められています。

車両

広大な路線網を支えるため、ハンブルク市電には多数の車両が在籍していました。第一次世界大戦後の1923年には電動車837両、付随車645両を数えました。戦災で多くの車両が失われたものの、戦後の1955年時点でも電動車469両、付随車638両が残存し、その後も車両が増備されました。廃止方針が打ち出された前年の1957年まで車両導入が続けられています。

廃止後も多くの車両が国内外の博物館や施設で保存されており、現存する車両も複数あります。

第二次世界大戦後も活躍した主な営業用車両（1930年代以降、形式名に2軸車は「Z」、ボギー車は「V」が用いられた）は以下の通りです。

動力車
Z1形: 1894年の電化時に多数製造された2軸車。戦中・戦後にかけて様々な改造を受け、1961年まで使用されました。
Z2形: Z1形の改良型で、1920年代に製造された2軸車。窓の大型化などが図られ、1965年まで使用されました。
V2形: 1928年製造の新造車と、付随車からの改造車が存在したボギー車。1967年までに引退しました。
V3形: 1937年-1940年に導入された小型ボギー車。戦災を免れた車両は1967年まで使用されました。
V5形: 1943年導入の小型ボギー車。戦災で半数近くが廃車されましたが、残りは1968年まで使用されました。
V6形: 戦後の需要増加に対応して開発された大型ボギー車。海外の車両を参考に設計され、1949年-1953年に導入。ワンマン化改造も施され、1978年の全廃まで使用されました。
V7形: V6形の改良型で、ハンブルク市電最後の新造車両として1953年-1957年に導入されました。ワンマン化改造を経て、廃止直前の1977年まで使用されました。
PCCカー: アメリカのPCCカー技術を用いた試験車両。1951年に1両導入されましたが、軌道条件から早期に運用を終え、他都市へ譲渡されました。
VG形: 1954年-1956年に導入された3車体連接車。収容力は高かったものの、軌道への負担などから1967年までに廃車されました。

付随車
Z1B形: 1902年-1919年製の2軸付随車。1950年代まで使用されました。
Z2B形: 1924年-1927年製の2軸付随車。1965年まで使用されました。
V5B形: 1941年製のボギー付随車。1969年まで使用されました。
Z3B形: 近代化されたZ2形との連結用に製造された2軸付随車。1950年-1961年まで使用されました。
V6B形: V6形と共に導入されたボギー付随車。1971年まで使用されました。
V7B形: V7形に合わせて設計変更されたボギー付随車。ハンブルク市電最後の営業用付随車として1976年まで使用されました。
Z4B形: VG形に合わせて導入された2軸付随車。連接車と共に早期引退した車両が多い中、一部はワンマン対応改造を受け使用が続きました。

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