バルカン・サリュート

バルカン・サリュート：SFを超えた文化現象

バルカン・サリュートは、1960年代に放映されたアメリカのSFテレビドラマ『宇宙大作戦』（スタートレック）に登場する、バルカン人が行う独特なハンドジェスチャーです。手のひらを相手に向け、親指を伸ばし、人差し指と中指、薬指と小指をそれぞれつけ、中指と薬指の間を離すのが特徴です。このジェスチャーは、劇中でバルカン人が相手への敬意を示す挨拶として用いられ、SFファンやナード文化の中で広く親しまれています。日本語では、バルカン式挨拶またはバルカン式敬礼と訳されることもあります。

このジェスチャーと同時に使われるフレーズが「長寿と繁栄を」（Live long and prosper）です。この言葉は、バルカン・サリュートの象徴的な存在として、多くの人々に知られています。

ジェスチャーの誕生と背景

バルカン・サリュートが初めて登場したのは、1967年に放送された『宇宙大作戦』の第2シーズン第1話「バルカン星人の秘密」です。このエピソードで、バルカン人のスポック役を演じたレナード・ニモイによって考案されました。ニモイは、1968年の『ニューヨーク・タイムス』紙のインタビューで、このジェスチャーを「チャーチルのVサインの2本指バージョン」と表現し、「バルカン人は手に特別な意味を持つ民族である」という設定に基づいていると語っています。

このジェスチャーは、地球人にとっては正確に行うのが非常に難しいことで知られています。『宇宙大作戦』の出演者たちも、撮影前には指の位置を確認していたというエピソードがあります。1996年の映画『スタートレック ファーストコンタクト』では、人類で初めてバルカン人と出会ったゼフラム・コクレーンが、この挨拶をうまくできなかったため、代わりに握手をしたという場面が描かれています。

ニモイは、ユダヤ人であり、1975年の自伝『I Am Not Spock』の中で、バルカン・サリュートがユダヤ教のコーヘーン（聖職者）が行う祝福のジェスチャーを基にしていると述べています。この祝福のジェスチャーは、ヘブライ文字の「ש」（スィン）を象っており、全能の神「エル・シャダイ」やシェキナ、シャーロームを意味するとされています。ニモイは、子供の頃に祖父に連れられて正統派のシナゴーグへ行き、この祝福の儀式に感銘を受けたそうです。

「長寿と繁栄を」というフレーズ

「長寿と繁栄を」（Live long and prosper）というフレーズは、「バルカン星人の秘密」でバルカン・サリュートと同時に初めて使用されました。このフレーズは、SF作家シオドア・スタージョンがこのエピソードの脚本を担当した際に考案したものです。バルカン語では「dif-tor heh smusma」と表記されます。このフレーズに対する返答は、「平和と長寿を」（Peace and long life）であり、「平和と長寿を」を先に述べてから「長寿と繁栄を」と返す場合もあります。また、「LLAP」と略されることもあります。

類似のフレーズ

「長寿と繁栄を」というフレーズに類似した言葉は、歴史の中にも存在します。

古代エジプトの祈りの言葉「アンク・ウェジャ・セネブ」は、それぞれ「生命」「繁栄」「健康」を意味し、「彼が生き、繁栄し、健康でありますように」と訳されます。
新国際版聖書の「申命記」5:33には、カナンに入る前のヘブライ人に対するモーセの訓戒の一部として「live and prosper」というフレーズが登場します。
ウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』には、ロミオが従者のバルサザーに「Live and be prosperous: and farewell good fellow」（生きよ、栄えよ、さらば良き友よ）という台詞があります。
祝福の言葉として「live and prosper」が使われた最初の例は、1725年に書かれた犯罪者ジョナサン・ワイルドの伝記（ダニエル・デフォーが変名で執筆）です。
ジョージ・デュ・モーリアの1894年の小説『トリルビー』には、「May he live long and prosper!」（彼が長生きして栄えますように）という文章が登場します。
ウィラ・キャザーの1900年のエッセイによると、この言葉はスティーヴン・クレインに由来するとされています。

バルカン・サリュートの影響

レナード・ニモイは、ファンからバルカン・サリュートで挨拶されることがあり、ツイートの最後に「LLAP」を添えていました。彼が最後にツイートした言葉も「LLAP」でした。

2014年6月には、バルカン・サリュートを表す絵文字「🖖」がUnicodeバージョン7に収録されました。この絵文字には、「vulcan salute」という短縮名と、「finger」「hand」「spock」「vulcan」といったキーワードが付与されています。

野球の球種の一つであるチェンジアップの中で、バルカン・サリュートに似たボールの握り方をするものを「バルカンチェンジ」と呼びます。

2015年2月27日にニモイが亡くなった際、バラク・オバマ元アメリカ合衆国大統領は、ニモイの死に関する声明でバルカン・サリュートに触れ、「これは『長寿と繁栄を』という普遍的なサインだ」と述べました。また、国際宇宙ステーションに滞在していたNASAの宇宙飛行士テリー・W・バーツが、ニモイの故郷ボストンの上空を通過する際に、地球に向けてバルカン・サリュートを行っている写真をTwitterに投稿しています。

まとめ

バルカン・サリュートは、単なるSFドラマの小道具ではなく、文化的な象徴として広く認識されています。その独特なジェスチャーと「長寿と繁栄を」という言葉は、多くの人々に愛され、影響を与え続けています。

バルカン・サリュート - Memory Alpha (スタートレック ウィキ)
“An Interview with Leonard Nimoy”. Rachael's Centre (Jan 22, 2020)
Gershom, Yonassan (2009). Jewish Themes in Star Trek.
Yiddish Book Center (Feb 27, 2015). “Nimoy Explains Origin of Vulcan Greeting”. Wexler Oral History Project. The New York Times

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