ヒジリタマオシコガネ

ヒジリタマオシコガネ（学名：Scarabaeus sacer）は、コウチュウ目コガネムシ科に属する昆虫の一種です。特にタマオシコガネ属の中では基準となる種と位置づけられており、「スカラベ・サクレ」という別名でも知られています。主に南ヨーロッパ、北アフリカ、西アジアの広範囲に生息し、古代エジプト文明においては非常に重要な、神聖な存在として崇拝されたことで有名です。

分類

本種は、スウェーデンの博物学者カール・リンネが1758年に発表した著書『自然の体系』第10版において、初めて学術的に記載されました。タマオシコガネ属のタイプ種に関しては、1810年にフランスの動物学者ピエール・アンドレ・ラトレイユが指定した種を巡って過去に議論がありましたが、最終的に2014年の国際動物命名規約国際審議会（ICZN）の裁定により、イギリスの昆虫学者フレデリック・ウィリアム・ホープが1837年に指定した本種（S. sacer）をタイプ種とすることで解決に至っています。

分布と生息地

ヒジリタマオシコガネは非常に広範な地域に分布しており、その生息域はアフガニスタンから始まり、アルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、ブルガリア、キプロス、エジプト、エリトリア、エチオピア、フランス（コルシカ島含む）、ギリシャ、ハンガリー、イラン、イラク、イスラエル、イタリア（サルデーニャ島、シチリア島含む）、ヨルダン、インド（カシミール地方）、リビア、モーリタニア、モンテネグロ、モロッコ、パレスチナ、パキスタン、ルーマニア、ポルトガル、ロシア（南部）、サウジアラビア、セルビア、スペイン、スーダン、シリア、トルコ、トルキスタン、ウクライナに至るまで、多くの国々で記録されています。ヨーロッパにおいては、主に地中海や黒海に面した沿岸地域に多く見られ、特に砂丘や湿地帯を好んで生息する傾向があります。例えば、フランス南部のカマルグ地方では、海岸沿いの砂地や湿った地域に限定して生息が確認されています。

形態

成虫は体長が約1.9センチメートルから4.0センチメートルに達する、ずんぐりとして頑丈な体つきの甲虫です。全身が艶のある黒色をしています。特徴的なのは頭部で、放射状に並んだ6本の鋭い突起を備えています。また、両方の前脚の脛節にもそれぞれ4本の突起があり、これらの突起は地面を掘り進んだり、動物の糞を集めてボール状の塊（糞塊）を作る際に重要な役割を果たします。他の多くの糞虫とは異なり、ヒジリタマオシコガネの前脚の先端には明確な爪がありません。痕跡的な構造は存在するものの、主に掘削に適化した形態と言えます。一方、中脚と後脚には、しっかりと発達した5節の附節が見られます。

生態

本種のもっともよく知られた生態は、動物の糞を球状に丸めて「糞塊」を作り出す行動です。この糞塊は、後で餌として利用するため、適切な場所まで転がし、地下に掘った穴の中に隠されます。隠された糞塊は数日かけてゆっくりと食べられます。

繁殖期を迎えたメスは、特に繊維が少なくきめの細かい糞を選び出し、繁殖用の特別な糞塊を作成します。そして、オスが精子を注入した後、深く広い穴を掘り進め、その中に糞塊を運び込みます。穴の中で、メスは糞塊を洋ナシのような形に整え、その狭い方の端に空間を設けます。この空間に、通常一つだけ産む大型の卵を産み付けた後、入り口をしっかりと塞ぎます。そして、場所を変えてこの一連の作業を繰り返しますが、一生の間に産む卵の数は一般的に6個程度と多くはありません。卵から孵化した幼虫は、親が用意した糞塊を餌として成長します。

また、ヒジリタマオシコガネは、特定の種類の寄生ダニ（例：Macrocheles saceri）の宿主となることも知られています。

人との関わり

ヒジリタマオシコガネは、コガネムシ科の中でも特に広く認知されている昆虫の一つです。古代エジプト文明においては、「スカラベ」として非常に神聖視されました。これは、地面で糞塊を丸め、それを転がして運ぶその行動が、太陽を天空に運び、日没後に地平線の下に沈め、夜明けに再び昇らせるという、太陽神ラーの化身であるケプリ神の役割に類似すると考えられたためです。これにより、スカラベは再生や復活、創造の象徴とされました。

また、エジプトの人々は、地下に埋められた糞塊から新しい甲虫が現れる様子を観察し、オスがメスなしに糞塊に精子を注入するだけで繁殖できる、すなわち単性生殖を行うと誤解していました。この誤解は、原初の存在であり単独で全てのものを創造したとされる創造神アトゥムとの類似点を見出すに至り、スカラベをアトゥム神の象徴とも考えさせる要因となりました。

近代においても、本種は人々に影響を与えています。例えば、イギリスの昆虫学者であるウィリアム・シャープ・マクリーは、ヒジリタマオシコガネに強い関心を抱いたことが、彼が昆虫学の道を志す一つの契機となったと言われています。

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