ピクチャレスク

ピクチャレスク：絵画的な美の探求

18世紀イギリスにおいて、新たな美の概念として登場した「ピクチャレスク」。ウィリアム・ギルピンの著作『主としてピクチャレスク美に関してワイ川および南ウェールズの幾つかの地形その他の1770年夏になされた観察』（1782年）によって、文化的な議論として広く認知されるようになりました。この著作は、単なる旅行記ではなく、ピクチャレスクな美しさを鑑賞するためのガイドブックとして、当時の旅行者たちに大きな影響を与えました。

ピクチャレスクは、それまでの「美」や「崇高」といった概念とは異なる独自の視点を提示しました。啓蒙主義の合理主義的な美学とは対照的に、ピクチャレスクは、人間の直感や本能に訴えかける、より感情的な美の捉え方を示唆していたのです。エドマンド・バークの『美と崇高の理念の起源に関する哲学的考察』（1757年）が、美と崇高をそれぞれ性的欲望や自己防衛本能に結び付けて論じたように、ピクチャレスクは、それら両者の間にある、より複雑で感情豊かな美の領域を照らし出そうとしていました。

ギルピンの著作にみられるように、ピクチャレスクは単なる自然風景の美しさだけでなく、絵画的な構成や、多様な要素の調和、そして何よりも人間の感情への訴えかけを重視しました。例えば、スコットランド・ハイランド地方の風景を描写したトーマス・グレイの言葉、「この山々は恍惚とさせる…それ以外の何ものでもない…かくなる恐怖にかくなる美がいかに結合するかを、神は知りたまう」は、ピクチャレスクの精神を象徴的に表しています。そこには、畏怖と感動が混ざり合い、人間の精神に深く刻まれるような、強烈な美の体験が描かれています。

ピクチャレスクと建築・造園

ピクチャレスクの概念は、建築や造園にも大きな影響を与えました。18世紀後半から19世紀前半にかけて、新古典主義建築に対抗する新たな様式として、ピクチャレスクな建築や庭園が盛んに作られました。ウィリアム・ケントやジョン・ナッシュといった建築家たちが、その代表的な担い手でした。

ピクチャレスク建築・造園の特徴は、規則性よりも不規則性、均整性よりも多様性、そして人工的な美しさよりも自然の力強さを重視する点にあります。自由な配置、意外性のある構成、そして、荒々しさや幻想的な要素を取り入れることで、見る者に想像力を掻き立てるような空間を作り出そうとしました。それは、単なる装飾や機能性だけでなく、人間の精神に深く訴えかけるような、より感情豊かな空間を目指したものだったと言えるでしょう。

ピクチャレスクの遺産

ピクチャレスクは、単なる一時的な流行ではなく、後のロマン主義や、自然への関心の高まりに大きな影響を与えました。自然を単なる対象としてではなく、人間の感情や精神に深く関わるものとして捉え直そうとする視点は、現代の環境問題や、自然との共存を考える上でも、重要な示唆を与えてくれると言えるでしょう。ピクチャレスクは、単なる審美的な概念にとどまらず、自然観や人間観、そして芸術表現に対する私たちの理解を大きく変えた、重要な文化的遺産なのです。

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参考文献

荒川裕子『もっと知りたいターナー：生涯と作品』東京美術〈アート・ビギナーズ・コレクション〉、2017年
荒川裕子「第3章 イタリアの光に導かれて 1819‐1839（44〜64歳）§3-3．特集：「ピクチャレスク」の風景美学」『もっと知りたいターナー：生涯と作品』（改訂版）東京美術〈アート・ビギナーズ・コレクション〉、2023年
本田榮二『ビジュアル解説 インテリアの歴史』秀和システム、2011年
Buzard, James (2001). “The Grand Tour and after (1660-1840)”. The Cambridge Companion to Travel Writing.

関連項目

ロイヤル・パビリオン
ユーヴドール・プライス
* リチャード・ペイン・ナイト

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