陣形

陣形とは

陣形（じんけい tactical formation）とは、戦闘において安全を確保し、柔軟かつ迅速な対応を可能にし、戦闘力を最大限に発揮するための人員と装備の類型化を目論んだ配置です。

概要

陣形は部隊の展開を決める重要な戦術であり、部隊の規律を高め、指揮系統を確立し、戦闘力を集中させるために不可欠です。基本的な形態としては、縦隊や横隊といった教練陣形があり、これらは行軍や式典でも使用されます。教練陣形は、陣形転換が容易であるだけでなく、迅速な部隊前進にも優れており、訓練を通じて部隊の規律を強化し、より複雑な陣形への転換の基礎となります。

古代から中世にかけては、槍や盾を装備した歩兵や騎兵が密集隊形で運用されていました。しかし、近代になり火器の性能が向上すると、散兵による戦闘隊形が主流となりました。現代の海軍や空軍でも、艦艇や航空機を効率的に配置・運用するために戦闘陣形が採用されています。

日本の代表的な陣形

日本では、中国の八陣図が古くから知られ、平安時代には大江維時によって和名が付けられました。しかし、古代中国の八陣の実体は明確ではなく、後世の史家や兵家が推測したものが残されています。

横陣（おうじん）
部隊を横一列に並べる最も基本的な陣形です。平原での会戦に適していますが、戦線が突破されると分断されやすく、局所的な攻撃に弱いという欠点があります。地形や野戦築城を利用して防御力を高めることが重要です。
魚鱗（ぎょりん）
中心が前方に張り出し、両翼が後退した「△」形の陣形です。山岳や森林など地形要素の多い場所での戦闘に適しており、戦国時代によく用いられました。局所的な戦闘に多くの兵力を投入できるため統制が崩れにくく、消耗戦に強いという特徴があります。しかし、側面や後方からの攻撃には弱く、包囲されやすいという欠点もあります。武田信玄が三方ヶ原の戦いでこの陣形を用いて徳川家康を破ったとされています。
鶴翼（かくよく）
両翼を前方に張り出した「V」字型の陣形です。敵を包囲殲滅することを目的としていますが、中央の守備が薄いため、両翼の部隊が包囲を完了するまで中央部隊が持ちこたえる必要があります。包囲が成功すれば大きな戦果が期待できますが、失敗すれば大敗につながるリスクも孕んでいます。徳川家康が三方ヶ原の戦いでこの陣形を用いて武田信玄に敗れています。
偃月（えんげつ）
鶴翼とは反対に、中央が前に出て両翼が下がった「Λ」字型の陣形です。大将が先頭で切り込むため士気が高く、攻撃力が高い反面、大将や上級将兵が早期に戦死するリスクも伴います。司令部が臨機応変に指示を出し、小規模な部隊や練度の低い部隊を直接指揮する場合に適しています。
鋒矢（ほうし）
「↑」形の陣形です。強力な突破力を持つ反面、一度側面を突かれると非常に脆いという欠点があります。寡兵でも正面突破に有効ですが、前線と後方部隊の連携が難しいため柔軟な対応には不向きです。島津軍が関ヶ原の戦いで退却時にこの陣形を用い、殿軍を失いながらも退却に成功したとされています。
方円（ほうえん）
大将を中心に円を描くように兵を配置する防御的な陣形です。全方位からの攻撃に対処できますが、機動力に欠け、局所的な攻撃に長時間対応するのは難しいです。
長蛇（ちょうだ）
兵を縦一列に並べる陣形です。縦方向への突破には有効ですが、横方向からの攻撃に弱く、特殊な地形でのみ用いられます。
衡軛（こうやく）
段違いにした二列縦隊で、敵の動きを拘束し、包囲殲滅することを目的とした陣形です。山岳戦などで用いられました。
雁行（がんこう）
隊を斜めに配置する陣形で、縦方向への突撃はせず、味方の後詰を前提とした陣形です。消耗戦には比較的弱く、長時間の戦闘には不利となります。
車掛（くるまかり）
部隊が次々と交代しながら攻撃する戦法、または陣形です。越後でよく採用されたとされますが、江戸時代の創作とも言われています。

西欧の陣形

西欧における陣形の歴史は、古代の文献や遺物から想像されたものが中心です。古代ギリシアでは重装歩兵による「密集陣形（ファランクス）」が編み出され、その後、ローマ軍では隊列の柔軟さを重視した「レギオー」が用いられました。

ファランクス
ギリシアで用いられた密集隊形で、方陣を基本としています。槍と盾で武装した重装歩兵が密集して戦い、圧倒的な突撃力を発揮しました。しかし、側面攻撃に弱く、機動性に欠けるという欠点がありました。
斜線陣
ファランクスの弱点を克服するために、テーバイの将軍エパメイノンダスが考案した陣形です。自軍の最左翼に兵力を集中させ、敵の右翼を攻撃することで敵陣を崩壊させることを目的としました。
レギオー
ローマ軍団の基本陣形で、3列に並んだ兵士が柔軟に動き、持久力も兼ね備えています。投槍や弓矢による遠距離攻撃と、必要に応じて散開して包囲殲滅を行うことができました。カルタゴの将軍ハンニバルは、この陣形を巧みに用いてローマ軍を苦しめました。
テストゥド
盾で全身を覆った密集隊形で、飛び道具に対して高い防御力を発揮しました。しかし、機動性が低く、白兵戦への移行が難しいという欠点がありました。
テルシオ
近世ヨーロッパの陣形で、長槍兵と銃兵を組み合わせたものです。攻防のバランスが取れていましたが、銃剣の登場とともに廃れていきました。
方陣
近代初頭の歩兵の代表的な陣形です。正方形に配置された兵士が全方位からの攻撃に対応できるため、非常に高い防御力を発揮しました。
カラコール
竜騎兵が用いた戦法で、ピストルによる一撃離脱を目的としていましたが、実際には歩兵の銃撃により有効な打撃を与えることができませんでした。

近代以降の陣形

ライフル銃や機関砲が登場してからは、火線を構築するための陣形が重視されるようになりました。構築陣地では、火線に死角が生じないように部隊を配置することが重要です。

海軍・空軍における陣形

海軍では、単縦陣と単横陣が伝統的に用いられてきました。単縦陣は全艦の火力を集中させるのに適しており、丁字戦法と呼ばれる陣形転換が行われることもありました。現代では、航空母艦や戦闘指揮艦を護衛するための輪形陣が用いられています。

空軍では、航空管制の下で多数の航空機を管理し、安全な飛行を確保するとともに、戦闘機による編隊飛行が行われます。編隊飛行では、相互に援護し合い、索敵や機動を容易にするために、状況や作戦に応じて隊形を変化させます。

脚注

参考文献

中井義明「第七講 重装歩兵戦術の問題(1)」（PDF）『西洋文化史概説』2007年度 春,第7回第1号、同志社大学オープンコースプロジェクト文学部、2007年、51頁。
清水龍雄「戦略学序説II」『研究紀要』第13号、豊橋創造大学、1996年3月、87-97頁、ISSN 0289-6206、NAID 120005567552。
Dupuy, R. E. and T. N. Dupuy. 1985. The encyclopedia of military history. 2d ed., rev. New York: Harper and Row.
Hackett, J. 1983. The profession of arms. New York: Harper and Row.
Keegan, J. 1987. The mask of command. New York: Viking Penguin.
Perret, G. 1989. A country made by war. New York: Random House.

関連項目

戦術
戦闘教義
備
* 部隊

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