ファルスとは
ファルス(phallus)は、
勃起した男性の
陰茎、またはそれを模倣したオブジェを指す言葉です。広義には、ファルス的シンボル(phallic symbol)とも呼ばれ、様々な文化や時代において多様な意味合いを持ってきました。
語源
ファルスの語源は、
古代ギリシア語の「φαλλός(phallós)」に遡ります。これは
ラテン語を経由して現代に伝わりました。さらに遡ると、
インド・ヨーロッパ祖語の
語根「bhel」(膨らむこと、膨張)に由来するとされています。比較として、
古ノルド語の「boli」(雄牛)、
古英語の「bulluc」(小さな弱い牛)、ギリシャ語の「φαλλή」(
クジラ)などが挙げられます。
発生学において、ファルスは
陰茎と
陰核の
前駆体を指します。また、鳥類など特定の動物の雄性生殖器を指す場合もあります。この場合、哺乳類の
陰茎とは
解剖学的に異なる場合があります。
信仰と美術
ファルスは、世界各地の古代文明において、健康や豊穣の象徴として崇拝されてきました。
古代ギリシアや
古代ローマの遺物には、ファルスを模した
彫刻が数多く見られます。2005年に発見された「ホーレ・ファルス」は、2万8千年前の
泥岩で作られた最古の彫像とされています。
インド
インドのタントラ教のシャイヴィズムでは、ヒンドゥー教の神
シヴァを崇拝する際に、「リンガ」というファルスを象徴するものが用いられます。リンガはしばしば、女
性器を模した「ヨーニ」の中に据えられ、男性と女性の創造的なエネルギーの均衡を示しています。
古代エジプトでは、ファルスは豊穣の象徴とされ、
オシリス神話にも登場します。神
ミンは「ithyphallic(
勃起した
陰茎)」として描かれることが多くありました。
古代ギリシアでは、
ヘルメース神がファルス的な神と見なされ、その息子パーンは
勃起した
陰茎を誇張して描かれることがあります。
プリアーポスは豊穣の神で、その象徴は誇張されたファルスです。「持続
勃起症(Priapism)」という言葉は、彼の名前に由来しています。
古代スカンディナビア
北欧神話の神
フレイは、男性の生殖力と愛を表現するファルス的神です。また、
サットルの『ヴェルシの話』には、馬の
陰茎を崇拝する家族の物語が登場します。
古代ローマ人は、
邪視に対するお守りとしてファルス的な宝石を身につけていました。
ネイティブアメリカ
先コロンブス期のアメリカでは、精霊
ココペリの像にファルス的な要素が含まれていることが多いです。
日本
日本では、縄文時代中期以降に
石棒が作られ、祭祀に使用されました。これは後に
金精神として全国に広がり、現代でも男根崇拝が行われている場所があります。
精神分析学では、ファルスは男性の生殖力を象徴するものとされます。フロイトは、男性はペニスを所有するが、象徴的ファルスは誰も所有できないとしました。ラカンは、「ファルスで『ある』こと」と「ファルスを『持つ』こと」の相違を述べ、男性はファルスを「持つ」と見なされる限りにおいて男性と定められ、ファルスを持たない女性はファルスで「ある」と見なされるとしました。バトラーは、ファルスとペニスの関連性を指摘し、フロイトとラカンの象徴的ファルス論を批判しました。
フィクション
ファルス的な象徴性は、幅広いフィクション作品の中で見られます。特に
精神分析学的な文脈で分析されることがありますが、作者の意図とは異なる解釈であることもあります。
現代建築や現代アートには、直接的または間接的にファルスを表現した作品があります。また、意図せずにファルスと認識されるものも存在します。
まとめ
ファルスは、単なる男性の
性器の象徴ではなく、文化、宗教、心理学など、様々な分野において深く関わっています。その多面的な意味合いを理解することで、より豊かな視点を得ることができるでしょう。
参考文献
Vigeland Monolith - Oslo, Norway [1]
Honour, Hugh (1999). The Visual Arts: A History. New York: H.N. Abrams. ISBN 0-810-93935-5.
Keuls, Eva C. (1985). The Reign of the Phallus. New York: Harper & Row. ISBN 0-520-07929-9.
Leick, Gwendolyn (1994). Sex and Eroticism in Mesopotamian Literature. New York: Routledge. ISBN 0-415-06534-8.
Lyons, Andrew P.; Harriet D. Lyons (2004). Irregular Connections: A History of Anthropology and Sexuality. U Nebraska Press. ISBN 0-8032-8036-X.
関連項目
生殖器崇拝
金精様
ほと
金精神社
金山神社 (川崎市)
*
田縣神社