フェアバーン・システム

フェアバーン・システム：第二次世界大戦が生んだ近接格闘術

フェアバーン・システムは、イギリス人ウィリアム・E・フェアバーンが創始した格闘術であり、第二次世界大戦中の連合国軍で広く採用されたことで知られています。その実戦的で効果的な技法は、現代の軍用格闘術や警察特殊部隊の戦闘術に多大な影響を与え、「WW2スタイル近接格闘術」と呼ばれることもあります。西側諸国のみならず、旧共産圏を含む東側諸国にもその影響は及んでおり、現代の近接戦闘術の源流の一つと言えるでしょう。

フェアバーンは、自身の格闘術を単なる護身術としてではなく、拳銃射撃を中心とした市街地戦や屋内戦における戦術の一部として位置づけていました。これは、現代の軍隊における近接戦闘(CQB)の概念を先取りした先進的な考え方と言えるでしょう。徒手格闘術に加え、ナイフ格闘術や棍棒格闘術も体系的に含んでおり、多様な戦闘状況に対応できる総合的な戦闘システムを構築していました。

上海での修練とディフェンドゥー

フェアバーンはイギリス海兵隊員として1907年、上海に渡り、上海共同租界工部局警務処に勤務します。この上海滞在中、彼は様々な武術を学びました。日本人、オカダ氏から真之神道流柔術を学び、講道館柔道では二段の腕前まで達したと伝えられています。さらに、中国皇太后の護衛隊の教官を務めていたツァイ・チンドン氏から詠春拳を学びました。これらの武術の修練を通して、フェアバーンは独自の格闘術を体系化し、「ディフェンドゥー」と名付けました。これは、後のフェアバーン・システムの基礎となる格闘術です。また、上海での警察勤務経験から、市街地戦や屋内戦に適した独自の射撃術も開発しました。当時、彼は現代のSWATの先駆けと言える部隊を上海市警察内に編成するなど、実践的な経験を積んでいました。

イギリス帰国とフェアバーン・システムの確立

1940年、フェアバーンは部下であり弟子でもあったエリック・A・サイクスと共にイギリスに帰国し、陸軍大尉として特殊部隊や諜報機関、一般部隊などで近接戦闘術の指導に当たりました。この期間に、彼はより実戦的な「サイレント・キリング」（無音殺傷法）を開発しました。1941年にはサイクスと共同で、奇襲攻撃と戦闘に特化したフェアバーン・サイクス戦闘ナイフを開発しています。このナイフは、フェアバーン・システムのナイフ格闘術に合わせた設計が施されています。

1942年には、アメリカ合衆国の戦略諜報局OSS（CIAの前身）の教官として招聘され、そこで指導にあたりました。この時、フェアバーンはのちに近接戦闘の世界的権威となるレックス・アップルゲート（当時陸軍中尉）を指導しており、アップルゲートはフェアバーン・システムの重要な継承者の一人となりました。

技法の特徴

フェアバーン・システムの技法は、柔術の当身の技法を多く取り入れているのが特徴です。パンチはあまり用いず、代わりに手刀や掌底を多用し、関節技、絞め技、投げ技、さらに相手を拘束して連行する技法なども含みます。捕縄術も含まれており、総合的な格闘術と言えるでしょう。これは、オカダ氏から学んだ真之神道流柔術をベースに、上海で習得した中国武術や豊富な実戦経験を融合させた結果です。そのため、レスリングやボクシングを基本とするヨーロッパ式の体術とは異なる独自の技術体系となっています。

ナイフ術においては、日本の脇差のような片刃のナイフではなく、西洋のナイフ術で用いられる刺突を重視した両刃の小型ナイフを想定しています。フェアバーン・サイクス戦闘ナイフもこの技法に合わせた設計となっています。さらに、ナイフ術は武器術単体としてだけでなく、逮捕術と組み合わせることも特徴です。例えば、後ろから相手の髪を掴んでナイフを突きつけ、武器を捨てさせるといった技法も含まれています。

射撃術に関しては、警官としての経験から、軍隊で一般的に指導されるような中近距離射撃ではなく、射線が限られる都市部や屋内での近距離戦を重視しています。拳銃を用いた近距離での戦闘技術に加え、相手に銃を突きつけられた状態から素早く身をかわし、銃を奪い取るといった対処法も教授していました。

現在でも、多くの国の軍隊や特殊部隊は、フェアバーン・システムをベースに、他の格闘技や武術の技法を取り入れた改良版を軍用格闘術として採用しています。フェアバーン・システムは、現代の近接戦闘術に多大な影響を与えた歴史的にも重要な格闘術と言えるでしょう。

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