フランシス・ウォルシンガム

サー・フランシス・ウォルシンガム：エリザベス1世を支えた辣腕スパイマスター

サー・フランシス・ウォルシンガム（Sir Francis Walsingham, 1532年頃 - 1590年4月6日）は、テューダー朝イングランドのエリザベス1世に仕えた政治家です。彼は秘密警察長官、いわばスパイマスターとして、国内外に張り巡らせた情報網を駆使し、数々の反エリザベス陰謀を摘発しました。駐フランス大使や国王秘書長官などの要職を歴任し、エリザベス朝を陰から支えた重要人物です。

生い立ちと宗教的背景

ウォルシンガムは、ノーフォークの旧家出身の法律家ウィリアム・ウォルシンガムの息子として、ケント州チズルハーストに生まれました。ケンブリッジ大学キングズ・カレッジで学んだ後、ロンドンのグレイズ・イン法学院に進みましたが、学位は得ていません。敬虔なプロテスタントであった彼は、カトリックのメアリー1世が即位すると、宗教的迫害を恐れて国外に逃れ、バーゼル大学などで法学の研究を続けました。

政界での活躍

エリザベス1世の即位後、ウォルシンガムは帰国し、ウィリアム・セシルの支援を得て政界入りを果たします。庶民院議員として、バンベリー、ライム・レジス、サリーの各選挙区から選出され、議会での活動を始めました。1570年のリドルフィ事件では、カトリックによるエリザベス暗殺計画の解決に貢献し、この事件をきっかけにセシルの指示で情報組織が作られるようになりました。

駐フランス大使としての活動

1570年、ウォルシンガムは駐フランス大使に任命され、ユグノー支援やフランスとの同盟交渉に尽力しました。1572年のブロワ条約締結は、イングランドとフランスが互いに軍事援助を行うというもので、スペインを仮想敵国とするものでした。しかし、同年8月のサン・バルテルミの虐殺で、親イングランド派のユグノー貴族が多数殺害され、イングランドにとって大きな打撃となりました。

国王秘書長官として

外交官としての能力を認められたウォルシンガムは、1573年に帰国し、枢密顧問官と国王秘書長官に就任しました。外交問題を中心に担当し、議会運営においても主導的な役割を果たすようになりました。1580年代には、議会との間で特許権を巡る対立も生じましたが、巧みな議会対策で乗り切りました。

諜報活動と秘密警察

エリザベス1世は、ローマ教皇に破門されたことで、カトリック勢力による反エリザベス陰謀に常にさらされていました。ウォルシンガムは、国内外に情報網を構築し、秘密警察業務を担いました。彼の組織は、数々の陰謀を事前に摘発し、女王の安全を守りました。特に有名なのは、1583年のスロックモートン事件と1586年のバビントン事件です。これらの事件では、メアリー・ステュアートが関与しており、ウォルシンガムは彼女の処刑にも大きな役割を果たしました。

対スペイン強硬派

宮廷内では、ウィリアム・セシルがスペインとの開戦に慎重だったのに対し、ウォルシンガムはレスター伯ロバート・ダドリーとともに、対スペイン主戦派でした。彼は私掠船によるスペイン船への攻撃を支援し、1577年のフランシス・ドレークの世界周航も強く後援しました。アルマダの海戦前夜には、スペインの軍事情報を収集し、ドレークによるカディスへの先制攻撃を成功させました。1587年には、ランカスター公領大臣に就任しました。

死去とその後

1590年4月6日、ウォルシンガムは亡くなり、ロンドンのオールド・セント・ポール大聖堂に葬られました。彼の死後、国王秘書長官の職はしばらく空席となり、バーリー卿ウィリアム・セシルがその職務を代行しました。ウォルシンガムが築き上げた諜報ネットワークは、エセックス伯ロバート・デヴァルーに引き継がれ、後にフランシス・ベーコンによって再建されました。

人物像

ウォルシンガムは、エリザベス女王の安全を第一に考え、情報収集には巨額の費用を惜しみませんでした。彼は熱心なピューリタンであり、プロテスタント諸国を率いてカトリック勢力に対抗することを夢見ていました。女王は彼の思想を快く思っていませんでしたが、その才能は高く評価していました。しかし、ウォルシンガムは私財を諜報活動に費やし、経済的に困窮していたにも関わらず、女王からの援助を受けることはありませんでした。また、ウォルシンガムは「エチオピア人」や「ムーア人」などと揶揄されることもありましたが、黒い服を好んで着用していたため、政敵からは悪魔のように思われていたという逸話も残っています。

家族

ウォルシンガムは、アン・バーンと最初の結婚をしましたが子供はいませんでした。後にウルスラ・セント・ベーベと再婚し、娘のフランセスをもうけました。フランセスは、フィリップ・シドニー、第2代エセックス伯ロバート・デヴァルー、第4代クランリカード伯爵リチャード・バークと結婚しました。彼女は、シドニーとの間にエリザベス、デヴァルーとの間に第3代エセックス伯ロバート・デヴァルー、バークとの間に初代クランリカード侯爵ウリック・バークを儲けました。

ウォルシンガムを演じた人物

ウォルシンガムは、映画やドラマでも度々描かれています。1998年の映画『エリザベス』ではジェフリー・ラッシュが、2005年のドラマ『エリザベス1世 〜愛と陰謀の王宮〜』ではパトリック・マラハイドが演じました。

サー・フランシス・ウォルシンガムは、その生涯を通じて、エリザベス1世の治世を陰から支え、イングランドの安全と繁栄に大きく貢献しました。彼の辣腕ぶりは、後世にも語り継がれています。

もう一度検索