ブレーメン市電

ブレーメン市電は、ドイツのブレーメン州に位置する州都、ブレーメン市内およびその近郊を結ぶ重要な公共交通機関です。ブレーメン路面電車会社（BSAG）によって運営されており、2019年時点では、隣接するニーダーザクセン州リリエンタールに至るまで、総営業キロ数114.6kmにおよぶ広大な路線網を有しています。

歴史

馬車鉄道から電気軌道へ

ブレーメンにおける軌道交通の歴史は、1876年 6月4日に開業した民間のブレーメン馬車鉄道から始まりました。その後、1879年には英国ロンドンに拠点を置く別の事業者、グレート・ブレーメン馬車鉄道も運行を開始し、両社はブレーメン各地に路線を広げていきました。

1890年にブレーメンで開催された北西ドイツ貿易産業博覧会を契機に、ブレーメン馬車鉄道は最新技術であった路面電車の導入を決断。同年中のデモンストレーション運行を経て、翌1891年には馬車鉄道から路面電車への転換が本格化します。社名をブレーメン電気軌道（BSAG）へと改称した同社は、1893年までに所有路線の大部分を電化。1899年に合併したグレート・ブレーメン馬車鉄道の路線も、1900年までに全て電化されました。ブレーメンの街から馬による牽引が完全に姿を消したのは、1910年代初頭とされています。

電化と並行して路線網の拡張も進み、1908年には系統番号が導入されました。一方で、1910年には賃金改善を求める従業員によるストライキが発生するなど、労使間の問題も顕在化しています。

戦禍の影響と復興

1914年の第一次世界大戦勃発により、路線拡張は一時的に停止。1915年には人手不足から女性運転士が初めて採用されるなど、社会情勢の影響を受けました。終戦後の1919年からは再び路線の拡充が進められ、1934年にはブレーメン空港まで延伸し、空港連絡輸送を開始。また、従業員の健康保険導入など福利厚生の充実も図られました。1924年には、後のバス事業参入を見据え、子会社としてブレーメン郊外鉄道会社（BVG）を設立しています。

1939年に始まった第二次世界大戦では、軍需工場への通勤輸送が重視され、関連施設への路線延伸が進められました。これらの路線が開通した1940年は、ブレーメン市電の路線網が過去最大規模に達した年です。しかし、同年以降、度重なる空襲により街は壊滅的な被害を受け、路面電車の車両や施設も甚大な損害を被りました。これにより、1945年 4月22日には全路線の運行が休止に追い込まれます。終戦時、路線全体の8割が運行不能となり、使用可能な車両は1割にも満たない壊滅的な状況でした。

戦後、ブレーメン市電は1945年 6月13日に運行を再開。「新しい街」を意味するノイシュタット地区への系統には、その頭文字を取って「16N」の系統番号が付けられました。復旧作業は急速に進み、1952年までに戦時中に建設された一部区間を除く全線が復旧。以降も更なる路線延長が実施されました。被災車両の修復に加え、1950年代からはボギー車や連接車といった大型の新型車両の導入も進みました。1953年にはブレーメン郊外鉄道会社を吸収合併し、ブレーメンにおける公共交通を包括的に担う存在となります。

見直しと再評価

経済発展によりブレーメンの人口は増加を続け、1950年から1958年の間に25%増を記録。公共交通の利用者も増えましたが、自家用車やオートバイの普及に伴う道路渋滞が深刻化し、路面電車の定時運行が困難になるにつれて信頼性が揺らぎ始めます。その中で、路面電車が時代にそぐわない交通手段と見なされるようになり、1960年代以降、ブレーメン南部を中心に多くの路線が廃止され、バスへの転換が進みました。

一方で、新たな路線の開通もいくつか進められ、1960年代後半からは、バスや自動車に比べ大量輸送に優れる点が見直され、路面電車の価値を再認識する動きが生まれます。1967年にはファール地区の新開発地域へ向けた新規路線が開通。1976年にはフッフティング地区のローラント・センター方面への延長工事が行われました。

1968年には、当時の学生運動の高まりの中で、公共交通の運賃値上げ計画がきっかけとなり、ブレーメン路面電車暴動と呼ばれる衝突が発生。多数の車両が被害を受け、機動隊が出動する事態となりましたが、学生側の協議の結果、値上げ計画は最終的に撤回されました。ただし、1970年代以降も運賃改定は断続的に行われ、1976年には大規模な反対デモが発生しましたが、それ以降、大きな規模の運動は起きていません。

1970年代後半からは、モータリゼーションの進展に加え、ブレーメン自体の人口減少や失業者増加といった社会情勢も影響し、公共交通全体の利用客が減少。1987年の小規模な路線変更を除き、市電の路線網に大きな変化は見られませんでした。一方で、車両をはじめとする設備の近代化は着実に進められ、1979年には分岐器の自動化が完了するなど、旧型車両の置き換えも実施されました。1987年には、公共交通の無料利用や観光施設での割引といった特典が付帯する「ブレーメン・カード」の運用も開始されています。

超低床電車の時代と路線網の拡大

1980年代以降、環境問題への意識向上に伴い、路面電車やバスといった都市内公共交通（ÖPNV）の重要性が広く認識されるようになりました。ブレーメン市議会の建設上院とBSAGによる公共交通網近代化・拡充の提案が1989年に承認されたことが、この動きを加速させます。そして、1988年の低床バス導入に続き、路面電車においても1990年に、世界的にも早期に、車内全体が平坦な床面を持つ100%超低床電車が開発・登場。1994年からは量産車の運行が始まりました。

利便性向上のための路線網拡大計画も1990年代に本格化。1998年 5月23日には大規模なダイヤ改正が実施され、新系統の開通、ブレーメン空港旅客ターミナルへの路線延長、既存系統の再編などが行われました。同年10月・12月にも新規区間が開業。2001年に開業125周年を迎えて以降も、路線網の拡張や改良が続けられ、2014年には州境を越え隣接するニーダーザクセン州リリエンタールへ延伸されました。利便性向上を図る系統新設や再編も多数行われ、2004年にはバスと共に深夜運行系統が導入されています。

2019年の利用者は、路面電車と路線バスを合わせて一日約30万人、年間では1億500万人に達しており、今後も環境に優しく便利な交通手段として、路線延長を含む整備が計画されています。

系統

2019年 3月30日のダイヤ改正以降、ブレーメン市電では以下の8系統が運行されています。

系統1, 4, 8, 10: 一部区間で区間運転が設定されています。
S付き系統（例: 4S）: 一部の停留所を通過する速達列車（Schnellverkehr）です。
深夜系統（Nachtlinien）: 系統1, 4には夜間運行する深夜系統があり、土曜日から日曜日にかけては路線バスと共に24時間運転を実施しています。

車両

現有車両

2022年現在、ブレーメン市電で活躍する主な車両は以下の3形式です。

GT8N形: 旧型車置き換えと近代化を目的に、1993年から1996年にかけて78編成が製造された4車体連接車。車内全体が100%低床構造の「ブレーメン形」と呼ばれる超低床電車です。事故で廃車となった1編成を除く77編成が在籍していますが、2013年頃からの台車故障増加により運用離脱が相次ぎ、2016年以降、修繕を含む更新工事が進められています。この工事に伴う車両数減少により、一部系統の運行休止や減便といった措置が取られています。
GT8N-1形: 旧型車の置き換え用として導入されたボンバルディア製の3車体連接式超低床電車。車幅が2,650mmに拡大され車内空間が広くなった一方、従来の車軸付き台車を採用したため車端部が高床となり、低床率は73%にとどまります。ただし、最前部の乗降扉には車椅子リフトが備えられています。2005年から製造が開始され、当初の20編成に加えオプションで23編成が追加発注されました。最終編成の到着は2012年です。
GT8N-2形: シーメンス製の超低床電車「アヴェニオ」シリーズの1形式。2017年に導入契約が結ばれ、2020年 9月から営業運転を開始した4車体連接車です。車内は100%低床で、5箇所のフリースペースを設置。安全性向上のための監視カメラや、環境に配慮した回生ブレーキ、LED照明などを備えています。台車のうち3基が動力台車で、加速・制動性能に優れ、車輪には吸音材が装備されています。合計77編成が導入予定で、うち35編成はブレーメン - テディングハウザー鉄道線への直通運転を考慮し、鉄道規格にも適合した構造となっています。車体・内装デザインは高く評価され、2022年のiFデザイン賞を受賞しています。

過去の車両

営業運転を終えた車両の一部は、ブレーメン路面電車博物館に保存されており、一部は動態保存運転も行われています。

T2c/B2形: 戦後の利用客急増に対応するため、1947年から1949年にかけて製造された二軸車。1940年の計画を基に設計されました。1970年代までに引退しましたが、一部車両が博物館に保存されています。
T4a/B4a・T4b/B4b形: 二軸車に続き導入された大型ボギー車。乗降扉が3箇所に設置され、乗客の移動が容易でした。1953年から1955年にかけて製造され、1990年 3月30日に引退。一部が保存されています。
GT3/GB3形: 1955年から1958年にかけて製造された独特な構造の2車体連接車。老朽化した旧型車両の機器を一部流用して製造されました。1977年までに営業運転から撤退しましたが、一部が動態保存されています。
GT4/GB4形: 1959年から1977年にかけて製造された2車体連接車で、カーブ走行時の偏倚を抑える特殊構造が特徴。ブレーマーハーフェン市電からの譲渡車も存在しました。超低床電車への置き換えにより2013年までに引退し、一部が保存されています。
* GT6N形: 1989年に試作され、1990年から運行を開始した、ブレーメン市電初にして世界最初期の100%超低床電車。後の「ブレーメン形」の先駆けとなった車両です。現在は路面電車博物館で静態保存されています。

もう一度検索