ジュンガル

ジュンガル・ホンタイジ国：最後の遊牧帝国

ジュンガル（モンゴル語: Зүүнгар、ᠵᠡᠭᠦᠨ ᠭᠠᠷ、転写：jegün γar、ロシア語: Джунга́ры）は、17世紀から18世紀にかけて、現在のジュンガル盆地を中心とする地域に存在したオイラト遊牧民による帝国です。オイラト部族連合の中で頭角を現し、一時はその盟主として一大遊牧帝国を築き上げました。ジュンガル帝国の滅亡後、このような大規模な遊牧帝国は二度と現れなかったため、「最後の遊牧帝国」とも呼ばれています。

名称の由来

「ジュンガル」という名称は、モンゴル語で「左手」「左翼」を意味する「ジェギュン・ガル (jegün-γar)」に由来します。伝統的な遊牧国家は、南面して中央、右翼（西方）、左翼（東方）の三部構造を取っていました。オイラトのドルベト部政権において、左翼（東方）を担っていた人々が「ジュンガル」と呼ばれるようになったのです。

「汗国」という誤解

ジュンガルの国家を「ハン国（汗国）」あるいは「ハーン国」と呼ぶ例が見られますが、これは誤りです。ジュンガルの部族長の称号は「ホンタイジ」であり、「ハーン」ではありません。ガルダン・ハーンのみが例外的に「ハーン」号を帯びていますが、ジュンガルで「ハーン」号を使用した人物は彼が最初で最後です。その他の指導者は全て「ホンタイジ」号を採用しています。

歴史

起源

エムチ・ガワンシャラブの『四オイラト史』によると、ドルベトとジュンガルの一族は天から降臨したとされます。管状の樹の下にいた幼児が樹液を吸って育ち、その子孫を「チョロース」と呼んだと伝えられています。この説話はウイグルの誕生説話に類似しており、ウイグルの後裔であるとする説や、住地からナイマン部族の後裔とする説があります。また、ジュンガルの系譜では、15世紀にモンゴル高原を支配したオイラトのトゴン・タイシ、エセン・ハーンの後裔であるとされています。

ジュンガルの登場

1619年頃、モンゴルのハルハ部のアルタン・ハーンはロシア皇帝に使節を送り、「カルムィク（オイラトを指す）のカラクラ・タイシャがモンゴルとロシアの往来を妨害している」と訴えました。この「カラクラ・タイシャ」とは、ジュンガルの始祖である「ハラフラ」のことです。アルタン・ハーンの申し出は却下されましたが、1620年頃にオイラトのトルグート部とジュンガル部が侵攻してきた際、アルタン・ハーン自身がこれを撃退しました。この時、ジュンガル部長のハラフラは妻子を奪われ、他のオイラト諸部とともにシベリアに逃げ込みました。1623年、四オイラト連合軍はハルハ部のアルタン・ハーンを殺害し、モンゴルの宗主権から脱しました。

バートル・ホンタイジ

1636年、オイラトのホシュート部長トゥルバイフは、チベット仏教ゲルク派の要請に応じて青海に割拠するカルマ派のチョクト・ホンタイジを討伐しました。翌年、チョクト・ホンタイジを滅ぼしたトゥルバイフはダライ・ラマ5世から「持教法王」の称号を授かり、グーシ・ノミーン・ハーン（国師法王）となると、青海遠征に同行したジュンガル部長ホトゴチンに「バートル・ホンタイジ」の称号を与え、中央アジアのオイラトを任せました。自身はチベットを統一し、チベット王の位に就きました。中央アジアのオイラト諸部の盟主となったバートル・ホンタイジは、ロシアと盛んに使節を交わし、交易を行ったため、ロシアの史料に頻繁に登場します。

ガルダン・ハーン

1653年、バートル・ホンタイジが亡くなると、息子のセンゲが後継者となりました。しかし、センゲの異母兄弟たちはこれに恨みを抱き、相続争いの末に1670年、センゲを殺害しました。当時、チベットに留学していたセンゲの弟ガルダンが帰国し、兄の仇を討ってジュンガル部長となりました。1671年、ダライ・ラマ5世はジュンガル部を平定したガルダンに「ホンタイジ」の称号を授けました。1675年、ガルダンは舅であるホシュート部長オチルト・ハーンと対立し、翌年、彼を捕虜としました。これにより、ジュンガル部がオイラト部族連合の盟主となりました。ダライ・ラマ5世はガルダンに「持教受命王」の称号を与え、全オイラトのハーンと認めましたが、ジュンガルでハーン位に就いたのは彼が最初で最後です。1678年、ガルダン・ボショクト・ハーンはクムルとトルファンを征服し、1680年にはカシュガル、ヤルカンド、ホータンなどのオアシス都市を支配下に置き、タリム盆地を支配するようになりました。さらに、1681年以降、カザフ草原のカザフ人やキルギス人への西方遠征を開始しました。

清との戦争

1688年、ガルダン・ハーンは東モンゴリア（外モンゴル）のハルハ部に侵攻を開始しました。ハルハ部の内紛に乗じ、弟を殺したハルハ左翼部のトシェート・ハーンを討つため、モンゴル高原に侵入したのです。ガルダンは迎え撃つトシェート・ハーンを破り、仏教寺院エルデニ・ジョーなどを略奪しました。トシェート・ハーンと弟は南の内モンゴルへ逃れ、清の康熙帝に庇護を求めました。ガルダンは2人の引き渡しを要求しましたが、清がこれを拒否したため、両者の衝突は避けられなくなりました。1690年、ガルダンは北京北方で清軍と衝突しましたが（ウラーン・ブトンの戦い）、決着がつかず、漠北に退却しました。1693年、クムルのダルハン・ベクらがジュンガルの搾取を嫌い、清に接近しました。また、ハルハ部のトシェート・ハーンらが康熙帝に臣従を誓ったため、モンゴル族全体が清の支配下に入ることとなりました。1696年、康熙帝はジュンガル親征を開始し、ガルダンをジョーン・モド（チャオモード）で破りました（ジョーン・モドの戦い）。敗走したガルダンは1697年に病死しました。

ツェワンラブタン

ガルダンの死後、ツェワンラブタンがジュンガル部長となりました。ツェワンラブタンはカザフ草原や中央アジアのオアシスを侵略する一方、清とは一時的に友好的な関係を築きましたが、1715年にクムル・トルファンで衝突が起こり、再び戦争状態となりました。ジュンガルはツェワンラブタンの統治下で工業化も進め、北方戦争でロシアの捕虜となったスウェーデン人砲兵士官のヨハン・グスタフ・レナットを招き、軍事技術の供与を受けました。1716年、ツェワンラブタンはチベットに侵攻し、ラサを占領しますが、その後の略奪行為によりチベット人の反感を買い、1720年、清軍に敗れ、チベットから撤退しました。

ガルダンツェリン

1727年、ツェワンラブタンが急死した後、息子のガルダンツェリンがジュンガル部長となりました。ガルダンツェリンは父の遺志を継ぎ、カザフ草原やシル川流域に侵攻しました。1731年にはモンゴル高原に侵入し、清軍を破りましたが、翌年にはハルハ軍に大敗しました。1739年、ハルハ部とオイラト諸部の間で境界が画定され、お互いアルタイ山脈を越えないことを約束しました。

ジュンガルの衰退と滅亡

1745年、ガルダンツェリンが亡くなると、ジュンガル部およびオイラト部族連合はたちまち分裂状態となりました。1750年には息子のラマダルジャーが継ぎましたが、内紛が勃発し、1753年にはホイト部長のアムルサナーによってダワチが擁立されました。しかし、同年にドルベト部などが清に投降し、1754年にはダワチと不和になったアムルサナーまで清に投降しました。1755年、清の乾隆帝はジュンガルに進軍し、ダワチを捕獲してジュンガル帝国を滅ぼしました。その後、アムルサナーが反乱を起こしましたが鎮圧され、ジュンガルの残党も清軍によって掃討されました。この一連の戦いでオイラトの人口は激減し、特にジュンガルの人々はほぼ全滅しました。

文化

経済

ジュンガルの経済は、内陸貿易の拠点をおさえて遠距離の交易から利益を得ることと、周辺の民族を襲撃して家畜や領民を略奪し、貢納を徴収することによって成り立っていました。ジュンガルはタリム盆地から穀物、綿花、紅花、貨幣、商税、金銅税などを徴収し、北方のテュルク系諸族にも穀物、鉄製品、家畜、毛皮などを課しました。

農業

ジュンガルの支配下に入った中央アジアのテュルク系ムスリムは「ブハラ人」と総称され、軍事のほか、イリ地方に移住させられて農耕に従事しました。1720年代にはオイラト人も農耕を行い、小麦、大麦、黍、米などを栽培しました。

軍事

ジュンガルはロシアと早くから通じ、火器類を製造する技術を持っていました。戦闘には鉄砲、大砲、弓矢、刀槍を利用し、大砲はラクダに乗せていました。ジュンガル軍の主力は騎馬兵であり、弓手、火縄銃手、槍騎兵がその中核を担いました。火縄銃手は「プーチン（砲手）」と呼ばれ、キルギス人やブハラ人が担当しました。

歴代君主

ジュンガルの歴代君主は「ホンタイジ」号を使用しました。この称号は本来、モンゴルにおいて副王の意味でしたが、ジュンガルがホンタイジ号を使用したことで、オイラトの盟主を指す意味合いも持つようになりました。ホンタイジの地位はチベットのダライ・ラマから授与されることで正式なものとなりました。



この記述は、ジュンガルの歴史、社会、文化に関する包括的な概説を提供しています。参考文献や関連項目も参考にして、より深い理解を得ることができます。

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